ウチのバーデンダー? いい男でしょ。 知ってることを教えてほしいって言われても、アタシは彼が いい男だってことしか知らないのよ。 それが いちばん大事なことだし、それだけ知ってれば十分だもの。 家族? 氷河ちゃんの家族のことを知りたいの? 何のために? 言ったでしょ。 アタシは、氷河ちゃんが いい男だってことしか知らないって。 他に知ってることなんて、ごく僅かよ。 以前は一人暮らしをしていた。 今は、ナターシャちゃんっていう女の子と、瞬ちゃんっていう綺麗な同居人がいる――ってことくらい。 同居人は お医者様なのよ。 ちょっとない組み合わせでしょ。医者とバーテンダーなんて。 まあ、あれだけの美貌なら、医者でも弁護士でも 簡単に引っ掛けられると思うけど、同居人の方も滅茶苦茶 綺麗なコだから、美貌に目が眩んだってわけではなさそう。 でも、お互いに お互いの美貌に目が眩んだ――っていうパターンはあるかもしれないわね。 確かめたことはないから、今度 確かめておくわ。 でも、最初に瞬ちゃんに惚れ込んだのは氷河ちゃんの方――ウチのバーテンダーの方だと思う。 素っ気ない振りして、首ったけなのがわかるもの。 瞬ちゃんが同じマンションに引越してくることになった日は、もう足が地に着いてなかったわね。 ちょっと見には いつもとおんなじだったんだけど。 『何かいいことがあったの?』って訊いたら、『別に』って。 『ほんとに?』って食い下がったら、『ママが給料を上げてくれるんですか』って、ごまかされた。 でも、わかるのよ。 氷河ちゃん、嬉しいことがあった時には、それを顔に出すまいとして、口角を意識して下げるの。 でも、嬉しくて 自然に口許が緩んでくるもんだから、口角が上がったり下がったり。 見てて面白いわよ。 普通に にやけちゃえばいいのに、どうして それができないのかしら。 そう、惚れたのは氷河ちゃんの方。 氷河ちゃんのスマホって、待ち受け画面がナターシャちゃんの写真なの。 毎日10枚くらい撮って、その中の1枚を その日の待ち受けにするんだけど、その10枚の中に必ず 瞬ちゃんが写り込んでる写真があるの。 その1枚を撮るために、氷河ちゃんは 毎日毎日10枚の写真を撮る。 そして、瞬ちゃんが写り込んでる その1枚を、仕事の合間に こっそり見てるのよ。 あれ、何なのかしらね。 堂々と、瞬ちゃんとナターシャちゃんが一緒に写ってる写真を撮って待ち受けにすればいいのに、わからない男心だわ。 親馬鹿と思われるのはよくて、愛妻家は駄目なのかしら。 でも、惚れた方が負け。 氷河ちゃんは、完全に瞬ちゃんの尻に敷かれてる。 瞬ちゃんは、氷河ちゃんを尻に敷いてることなんて おくびにも出さず、氷河ちゃんは対外的には亭主関白を装ってるけど、そう見せてるところが瞬ちゃんの賢いところよね。 氷河ちゃんも、本当はわかってると思うわ。 自分が瞬ちゃんに頭が上がらないってこと。 そうしてる方が 万事が上手くいくって わかってて、氷河ちゃんは 瞬ちゃんの尻に敷かれてるの。 惚れた相手の尻に敷かれるなんて、そんな幸せなことってないじゃない。 え? そうは思わない? 男として情けない? 坊や、若いわね。 若くて若くて、尖ってる。 もう少し オトナになったらわかるわよ。 ナターシャちゃんを引き取った事情は聞いてないわ。 誰にだって、人に言えない事情ってのが あるものでしょ。 話したくなったら、アタシが訊かなくても、氷河ちゃんの方から話してくれるわよ。 ただ、ほとんど瞬ちゃんと同時期に来たから、瞬ちゃんの病院で 何か特別な事情があって引き取ったんじゃないかしら。 ……ねえ。 あなた、フランケンシュタインっていると思う? 作れると思う? ん……何でもない。 そう、氷河ちゃんちのことね。 だから、私、あの三人が一緒に暮らすようになった事情は知らないの。 でも、実の親子もここまでは――って思うくらい、あの三人は仲がいいし、全く血のつながりがなくたって、そんなこと 全然 構わないと思うわ。 氷河ちゃんには、ナターシャちゃんと瞬ちゃんが必要なのよ。 守りたい人と 守ってくれる人。 氷河ちゃんは、瞬ちゃんに守ってもらってるっていう自覚はないみたいだけど。 ……あるのかしら。 あるかもしれないわね。 ところで、アナタ、誰? いったい 何者なの。 何か いい男っぽい匂いがするから、いろいろ話しちゃったけど。 興信所? カタギじゃないわよね? ……もしかして、正義の味方の敵? だったら、これ以上は何も話さないわよ。 アタシは、氷河ちゃんのこと、すごく気に入ってるんだから。 ウチの店を辞められたら、スッゴク困るの。 アタシの目の保養ができなくなっちゃうもの。 そんなの、絶対に嫌よ。 んー。でも、ほんと、アナタにも いい男の匂いを感じるのよね。 ちょっと、そのサングラス、取って見せてくれない? ほらほら、思い切って! なによ、そんなに抵抗するところを見ると、アナタ、もしかして垂れ目なの? その胡散臭さ満載のサングラス、外しなさいって! 絶対、アタシのタイプだと思うからあ! |