イチョウの葉は、相変わらず、世界を金色に染め替えようとするかのように 舞い散り続けている。
異世界の二人の姿が消えたイチョウ並木。
瞬は、呟きめいた小さな声で 氷河に告げた。
「ナターシャちゃんを お嫁に出す方がいいかもしれないよ。その時まで、一緒にいられる――」
そんなことになったら 氷河が荒れて大変だろうと、そればかりを案じていたが、荒れに荒れる氷河を なだめ、諫め、静めるために苦労することができたなら、それは何という幸福か。
氷河への牽制も込めて、瞬は そう言ったのだが、そこに思いがけない横槍が入ってきた。

やがて訪れる嵐の時。
その時には、氷河と熾烈な戦いを繰り広げることになるはずのナターシャが、
「ナターシャは、パパよりカッコよくて、マーマより綺麗で、パパみたいに すごいタカイタカイができて、マーマみたいに 可愛い お弁当を作れて、パパとマーマを合わせたくらい優しい人じゃないと、オヨメサンにはなってあげないヨー!」
と、敵に寝返るようなことを言ってきたのだ。

氷河が、彼にしては珍しく、はっきり笑顔とわかる笑顔を作る。
「ナターシャの理想は天より高いな」
「理想は高い方がいいんだヨネ、パパ!」
「もちろんだ。銀河系も突き抜けるくらい高い理想を持て」
「氷河……」

氷河の魂胆は見え透いている。
ナターシャが 高い理想通りの人を連れてきたら、それはそれで荒れるくせに。
氷河の いじましい奸計が情けなくて、瞬は我知らず脱力してしまったのである。
これがアテナの聖闘士――しかも黄金聖闘士の戦い方なのかと。
だが、その方がずっといい。
むしろ、水瓶座の黄金聖闘士が みっともない戦いを戦う時が来てほしい。
瞬は、心の底から そう思った――そう願ったのである。
もちろん、氷河には何も言わずに。

「ナターシャちゃん、素敵な葉っぱは見付かったの?」
「見付けタヨー。この葉っぱがパパで、こっちの葉っぱがマーマ、これがナターシャの葉っぱダヨ! パパのイチョウの木と離れても、三人一緒だったら、葉っぱも寂しくないヨネ!」
「うん。そうだね」

大きさの違う三枚のイチョウの葉。
ナターシャは、それらを、いちばん小さな葉を真ん中に置いて並べる。
ナターシャは まだ幼く、パパとマーマと一緒にいられることこそが最高の幸せだと思ってくれているのだ。
それが ナターシャの“今”である。
それは、氷河と瞬の“今”でもあった。
時の川が どこに流れ着くのか、その流れの中にいる人間には わからない。
だだ、どれほど激しく速い流れの中でも、懸命に手をのばして、その手を離さずにいたいと思う。

イチョウ並木の向こう。
互いに互いを支え合うようにして消えていった二人。
それでも、あの二人は、こんなに悲しい思いをするくらいなら会わない方がよかったと、ナターシャとの出会いを嘆きはしなかった。
彼等は、彼等が生まれた世界で、彼等の時を必死に生きてきた。
これからも生きていくだろう。
別れは、誰の許にも訪れる。
人間の命が限られたものである限り、誰にでも必ず。
そして、だからこそ、今 この時を大切にしたいのだ。

一瞬一瞬を きらきらと輝かせながら、イチョウの葉は舞い散り続けている。
この金色の光景も、あと数日で終わるだろう。

「ナターシャちゃん」
「ナニー?」
「僕と氷河は、ナターシャちゃんに会えて、とっても嬉しい」
異世界の二人が、それでも ナターシャとの出会いに感謝していたように。
別れを恐れて 出会うことをしなかったら、死を恐れて生きることをしなかったら、世界など 最初から存在しなくていい。
世界に、守る価値など無くなってしまうではないか。

それがわかっているから、あの二人は、ナターシャに会えて幸せだったと言い切ることができたのだ。
彼等は、もし彼等の人生を生き直すことができたとしても、その人生の先に同じ別れが待っていることが わかっていても、やはりナターシャと出会う人生を望むだろう。
彼等は、それほど――彼等のナターシャを愛していた――今も 愛し続けているのだ。

「僕と氷河は、ナターシャちゃんに会えて、本当によかった」
舞い散る無数のイチョウの葉。
金色に染まる世界。
金色のイチョウ並木。
「ナターシャもダヨ !! 」
元気に、明るく、パパとマーマに会えて嬉しいと答えるナターシャの瞳。
この瞬間、幸せに輝くナターシャの笑顔を、自分は永遠に忘れないだろうと、瞬は思った。






Fin.






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