ナターシャは、自分のパパとマーマがアテナの聖闘士だということを知っている。 アテナというのが、大昔のギリシャで生まれた知恵と戦いの女神だということも、もちろん知っている。 そのアテナに従って、世界の平和を守るために戦うアテナの聖闘士が、よその神様の誕生日を お祝いしたら、アテナがゴキゲンナナメになってしまうのではないか。 「それで、パパとマーマがアテナに叱られたりシナイ?」 ――というのが、12月22日に、ナターシャが抱いた危惧だった。 瞬は、 「神様は、いい神様なら何人いても いいんだよ。いい神様同士なら、仲良くできるしね。アテナも、クリスマスには イエス様のお誕生日を祝って、ケーキを食べるよ」 と答えて、心配顔のナターシャを安心させてやった。 12月23日は、 「サンタさんは、世界中の子供たちにプレゼントを配ってあげるんでショ? あっちのおうちに行ったり こっちの おうちに行ったりしてるうちに、サンタさん、迷子になったりしないカナ? サンタさん、ちゃんと自分の おうちに帰れるのカナ?」 というのが、ナターシャの心配事。 瞬は、 「サンタさんのソリは、空を飛べるからね。うんと高い空の上からだと、曲がり角を間違えて曲がったりしないから、迷子になったりしないんだよ。大丈夫」 と答えて、ナターシャを安心させた。 12月24日は、 「イエス様の誕生日は25日なんでショ? どうして24日にお祝いするの?」 というのが、ナターシャの中に生まれた素朴な疑問。 瞬は、 「今は、真夜中の0時から一日が始まるけど、昔は、一日は夕方から始まったんだよ。夕方、その日の お仕事が終わったら、その時から 次の日が始まるの。だから、今の24日の夜は、昔だと もう25日だったんだ」 と答えて、ナターシャの疑念を消してやった。 「ソーナンダー。じゃあ、パパは一日が始まった時から、その日のお仕事をしてるんダネ」 「そういうことになるかな」 「パパは お仕事熱心ダネ。エライネー」 ナターシャは、疑問が消えただけでなく、パパがエライこともわかって、ご満悦だった。 ナターシャが、そんなふうに いろいろなことを心配し、不思議に思うのは、ナターシャが それだけクリスマスというイベントに興味を持ち、楽しみにしていることの証左だったろう。 そのクリスマスイベントも、いよいよ大詰めを迎えようとしている。 綺麗なガラス製のクリスマスツリー。 淡雪のように真っ白いクリームと、真っ赤に熟した甘いイチゴのクリスマスケーキ。 氷河がナターシャのために考案した、お子様シャンパンをベースにした色とりどりのカクテル。 綺麗なものが大好きなナターシャは、大喜びで 大はしゃぎだった。 あとは、今夜、眠りに就いたナターシャの枕元に、ナターシャに気付かれぬようにクリスマスプレゼントを置き、明朝 ナターシャに そのプレゼントを喜んでもらえれば完璧である。 ナターシャが氷河の許で過ごす初めてのクリスマスを つつがなく終えるため、瞬は最後の仕上げに取りかかろうとしていた。 ――のだが。 過ちは、やすき所になりて、必ず仕ることに候う。 百里の道を行く時は、九十里をもって半ばとせよ。 先人たちの忠告は、深い含蓄と有益な示唆に富む、実に有難いものである。 それらの金言は、ゴールが見えたからと言って 油断してはならないということを、過ち多い未熟な人間たちに教えてくれるものなのだ。 クリスマスイベントの最後の仕上げとして、瞬が為さなければならない仕事は、パーティの余韻とプレゼントへの期待で興奮気味のナターシャを寝かしつけること。 いい子にしていないとサンタクロースからプレゼントをもらえない(かもしれない)ことを知っているナターシャは、とても いい子でベッドに入ってくれた。 瞬がナターシャの肩まで 掛け布団を引き上げてやっている間も、ナターシャは、たった今 彼女のために夜空を駆けているサンタクロースのソリの姿を脳裏に思い描いているようだった。 「サンタさん、よその おうちと間違えないで、ちゃんと ナターシャのおうちに来てくれるカナ?」 「氷河が おうちのドアにリースを飾っておいたから、大丈夫だよ。ナターシャちゃんが拾ってきた松ぼっくり付きのリースだから、サンタさんには ちゃんとわかる。明日の朝、ナターシャちゃんの枕元に 素敵なプレゼントが置いてあったら、それがサンタさんが来てくれた証拠だよ」 「ウン」 「おうちがわかっても、お部屋を間違えたら困るから、ナターシャちゃんの お部屋のドアは 少し開けておこうね」 そうすれば、ドアの開閉の音で 眠っているナターシャを起こしてしまう危険が減り、サンタクロースの仕事がスムーズに運ぶ――というのは、大人の都合。 そんな大人の思惑を知らないナターシャは、もちろん、 「ハーイ!」 と、いい子の お返事を マーマに手渡してきた。 ベッドに入ったナターシャが なかなか目を閉じてくれず、 「サンタさんがプレゼントを持ってきてくれたら、ナターシャ、お礼 言いたいナ。ナターシャ、サンタさんに会いたいヨー」 と言い出したのは 困りものだったが、常日頃から 『ありがとう』と『ごめんなさい』の重要性を説いていた瞬には、ナターシャが そう言い出すことも想定の内。 瞬は、ちゃんと その答えも用意してあった。 「サンタさんは恥ずかしがりやさんだから、子供たちに自分の姿を見られると、恥ずかしがって 次の年から その子のおうちに来てくれなくなるんだよ」 「ソーナノ?」 「僕がサンタさんの写真を撮っておいてあげるよ。恥ずかしがり屋のサンタさんを困らせたら かわいそうでしょう? サンタさんのお顔が、イチゴみたいに真っ赤になっちゃう」 「ウン。サンタさんがイチゴになっちゃったら大変ダネ」 「はい。じゃあ、サンタさんが安心してプレゼントを置けるよう、目を閉じて」 「ナターシャ、サンタさんを困らせないよう、ちゃんと おねむするヨー」 「ナターシャちゃんは いい子だね」 「……マーマ。こっそり見るだけでも駄目?」 「ナターシャちゃんは、来年もサンタさんに来てもらいたいでしょう?」 「ウン……」 ナターシャのクリスマスを完璧なものにするために、12月に入ってから 瞬がナターシャに読み聞かせた絵本は『つるの恩返し』に『オルフェウスとユリティース』。 “見てはならないもの”を見てしまったせいで幸せを失った人たちの物語を思い出したのか、ナターシャは ぎゅっと固く目を閉じてくれた。 「ナターシャちゃん、お休みなさい。小さな電気を一つだけ つけておくね」 既に、いつもの就寝時刻を1時間以上 過ぎている。 横になって目を閉じてくれさえすれば、ナターシャは すぐに眠りの中に落ちていってくれるだろう。 ナターシャの髪と頬を撫で、瞬はナターシャの部屋を出たのである。 後続の氷河の仕事が つつがなく行われるよう、部屋のドアを10センチほど開けたままにして。 |