「ナターシャちゃん、夕べのサンタさんのことなんだけど……」
娘の想像力に感心している氷河は 役に立ちそうにない。
ナターシャの誤解を解くために、瞬は自分で動かなければならなかった。
ナターシャの部屋のドアの前に立ち、何とかナターシャとの対話を試みたのだが、ナターシャから返ってきたのは、相変わらず、
「ナターシャ、サンタさん、嫌い!」
という、つれない言葉だけだった。
それでも、『やっ』としか言ってくれなかった 先刻に比べれば、格段の進展。
ナターシャは、自分の気持ちをマーマにぶつけることで 現状を変えたいと願うようには なってきてくれているのだ。
そして、瞬は、ナターシャの望みを叶える手段を持っていた。

「そんなこと言わないで。ナターシャちゃんに とってもいいことを教えてあげるよ」
「……」
ナターシャの沈黙は、マーマがパパよりサンタクロース( =パパではない男の人)と仲がいいのかもしれないと疑っているからである。
瞬はまず、それは あり得ないことだと伝えることをした。
「ナターシャちゃん。僕が この世界で いちばん好きなのは、ナターシャちゃんと氷河だよ」

それが今、ナターシャが いちばん知りたいことだったのだろう。
ナターシャはやっとマーマと対話する気になってくれたらしく、ほんの少しだけ、部屋のドアを開けてくれた。
そこから、顔を半分だけ覗かせる。
「ありがとう、ナターシャちゃん」
「とっても イイコトって?」
「それは、ナターシャちゃんが自分で見付けて。これが、夕べ ナターシャちゃんのところに来てくれたサンタさんの写真だよ。よく見て」

ナターシャの誤解を解くために、A5サイズの紙に拡大プリントアウトした昨夜のサンタクロースの写真を、ドアの隙間からナターシャに手渡す。
それから5分以上、ナターシャからの反応がなかったのは、ナターシャが その写真をすぐに“よく見て”くれなかったから。
ナターシャと彼女のパパから マーマを盗もうとしている悪者の顔を見たくなくて、ナターシャが サンタクロースの写真を 真剣に見ようとしなかったからだったろう。
ちゃんと見さえすれば、ナターシャには10秒で わかるはずなのだ。
夕べ、この家でマーマとキスしていたサンタクロースの正体は。

瞬はナターシャの部屋のドアの前で、ナターシャが その写真を“よく見る”気になってくれるのを、辛抱強く待った。
ドアの前で黙って待っている瞬に根負けしたらしいナターシャが、真面目にサンタクロースの写真を見る気になってくれるまで、約5分。
写真に 真面目に視線を落としてから、
「パパだ! ドーシテ !? パパだ!」
と叫びながら ナターシャが部屋を飛び出てくるまでは、5秒とかからなかった。

あまりに勢いよく飛び出てきたので、ナターシャは瞬の足に正面衝突。
それでも ナターシャの頬は、興奮して真っ赤に紅潮している。
瞬は、長い安堵の息を洩らして、ナターシャの前にしゃがみ込み、驚きで瞳を輝かせている彼女の顔を覗き込んだ。

「あのね。夕べ、ナターシャちゃんのところに来てくれるはずだったサンタさんがね。光が丘公園まで来たところで――ほら、ちびっこ広場に滑り台があるでしょう。サンタさんは、ずっとソリに乗って同じ姿勢でいたから、ちょっと身体を動かしたくなって、滑ってみようとしたんだって。でも、サンタさん、ちょっと太りすぎてたんだね。滑り台に身体がはまって、抜け出せなくなっちゃったんだよ。それで、夕べだけ、氷河にサンタクロースの代役を頼んできたんだ」
「サンタさんのダイヤク……?」
「うん。氷河は、ナターシャちゃんをがっかりさせたくないから、嘘のおひげをつけて、サンタさんの代わりをしたの」
「じゃあ、夕べ マーマがキスしてたのは――」
「嘘の おひげが外れそうになってた氷河だよ」
「ソウダッタンダー !! 」

そうだったのだと知ったナターシャが、まるで春がやってきたことを喜ぶ小さなウサギのように、その場で ぴょんぴょん飛び跳ね始める。
瞬が サンタクロースと浮気していたのではなかったことを、ナターシャが これほど喜ぶのは、おそらく(どう考えても)、自分がマーマに見捨てられるかもしれない可能性が消えたからではなく、パパがマーマに捨てられる可能性がなくなったからである。
『ナターシャは ずっとパパと一緒だよ』と言って、氷河に すがって泣いていたナターシャ。
ナターシャは、マーマに捨てられるパパが かわいそうで、パパを“かわいそうなパパ”にするマーマと、パパからマーマを盗んでいこうとするサンタクロースに腹を立てていたのだ。
だから、瞬を自分の部屋に入れようとしなかった。
そして、パパを悲しませないために、自分が昨夜 見たことをパパには語らなかった。

幼い娘に ここまで哀れまれ 気遣われるパパ。
瞬は、ナターシャの誤解ではなく、ナターシャの パパへの愛と、氷河の 素晴らしい父親の威厳(?)に感動して、激しい頭痛に襲われてしまったのだった。

遅ればせながら、サンタクロースが悪い人でなかったことに気付いたらしいナターシャが、滑り台で身動きができなくなったサンタクロースの身を案じる。
「サンタさんは、そのあと ドーシタノ?」
「朝まで ご飯を食べずにいたら、少し痩せて、下まで滑り降りることができたんだって」
「ヨカッター!」
それで心配事が すべて消えたナターシャは、その嬉しい事実を急いでパパに報告しなければならないと思ったらしい。
リビングルームに向かって駆け出したナターシャは、ソファに腰掛けていた氷河の胸に 歓声をあげて飛び込んでいった。
そして、嬉しそうに、パパに報告を始める。

「パパ、パパ、よかったネ! マーマは、パパがいちばん好きだって」
「いちばんはナターシャちゃん!」
ナターシャが すぐに訂正を入れたのは、氷河を これ以上 つけ上がらせないためだった。
しかし。
「エ……」
瞬の きっぱりした訂正を聞くや、ナターシャは 不安そうな面持ちで 瞬の方を振り返ってきた。
ナターシャは、“マーマのいちばん”が自分だけだと 心配でならないらしい。
不安の色をたたえたナターシャの瞳に負けて、瞬が、
「と氷河」
言葉を付け足す。
「ワーイ !! 」
ナターシャは、今度こそ 心から安心したように、氷河の首にしがみついていった。

「そうか。瞬のいちばんは、俺とナターシャか。よかったな、ナターシャ」
「ウン! よかったネ、パパ !! 」
何があっても、いつ いかなる時も、ナターシャはパパの味方。
そして、ナターシャが氷河の味方でいる限り、瞬は氷河に勝てないのだ。

「氷河の奴、最強の味方をゲットしたな」
ナターシャに もみくちゃにされて 嬉しそうにしている氷河を見やり、呆れたように星矢が ぼやく。
幼い少女に 鉄壁の防御力で守られている水瓶座の黄金聖闘士。
いつ いかなる時も 愛する者に守られて、決して 致命傷を負うことのない氷河のこれは、才能と言うべきか、それとも、これこそがアクエリアスの氷河の 恐るべき真の力なのか。
実力で氷河に劣るとは思っていないにもかかわらず、『どうあっても氷河に勝つことはできない』というのが、氷河の仲間たちに共通した認識だった。
氷河に勝てる人間など、この世に存在するはずがないのだ。

「星矢、紫龍、ありがとう。ごめんね、迷惑かけて。星矢も紫龍も、来年のクリスマスまで、氷河のお店のお代は全部、僕にまわして」
氷河に勝つことなど最初から諦めている瞬が、今年も迷惑をかけ通しだった仲間たちに、謝罪と謝礼を兼ねて クリスマスプレゼントを贈呈する。
「いいのか? 俺、フードメニューも頼みまくるぞ?」
「いくらでも、何でも」
「やったー!」
星矢は思いがけないクリスマスプレゼントに 大喜びで、実は かなりいける口の紫龍も、クリスマスの早朝からエマージェンシーコールで呼び出されたことを、それで 水に流してくれた。



氷河と瞬がナターシャのために用意した オーダーメイドのナターシャ人形は ナターシャに大好評で、
「来年は、サンタさんのコスプレしたパパとマーマのお人形が欲しいヨー」
ナターシャからは 早くも来年のクリスマスプレゼントのリクエストが来た。
今年のクリスマスイベントの成功に気をよくした氷河が、
「来年は、おまえがセクシーサンタコスプレをしてみないか?」
と馬鹿げたことを提案をしてきたが、もちろん 瞬は その提案を即座に却下。氷河も しつこく食い下がることはしなかった。

だが、油断は禁物である。
氷河はナターシャを味方につけ、どんな手を使って、瞬に 猫耳つきセクシーサンタコスチュームや メイド風ミニスカエプロン キュートサンタコスチュームを着せようとしてくるか わかったものではないのだ。

氷河ナターシャ連合軍と、瞬の戦いは続く。
今のところ、常識という武器しか持たない瞬の方が 少々 分が悪いようだった。






Fin.






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