かくして、その場で、今後の聖域の運営体制についての話し合いが為され、以後、聖域の重要決裁案件に関しては、瞬が相談役としてカノンに意見を述べ、カノンが妙な気を起こさないよう、その場に氷河が同席し、氷河が馬鹿な真似をしないよう、紫龍が氷河の監視の役目を担う――という取り決めが交わされたのである。
そして、その取り決めは 即日から施行された。
氷河は あくまで カノンを見張るために同席するだけで、種々の案件決定に口出しする気はなく、実際に 彼はカノンを見張っているだけだったので、それは 一見 寡頭政治、その実 トロイカ体制と言えるものだったろう。
聖域の運営体制が変わったことは、すぐに聖域中の人間の知るところとなり、乙女座の黄金聖闘士への教皇の偏った寵愛が 世界と聖域を危うくするのではないかという噂と不満は、さほどの時を置かずに 消えていったのである。

瞬が望む通り、聖域は、星矢が喜んで帰ってきてくれる聖域になるだろう。
氷河の苛立ちが治まった聖域で、紫龍は そう思ったのである。
友のためになら、自分にはできないと思うことも 成し遂げてしまう瞬が、必ず成し遂げると言っているのだ。
そうならないはずがないではないか――と。

紫龍の その推測は、半分 当たり、半分は外れた。
つまり、聖域は平和にはなったが、平穏を取り戻すことはなかったのだ。
聖域の運営体制が変わったことは、別の揣摩臆測を 聖域内に蔓延させることになったのである。
すなわち。

教皇はバルゴを寵愛している。
アクエリアスの氷河は そのバルゴに気があり、そのアクエリアスをライブラが追いかけている。
だが、肝心のバルゴはペガサスを思っているらしい――という 世にも奇妙な五角関係の噂で 聖域は持ちきりになってしまったのだ。

どうやら噂の発信源は、氷河が教皇宮に押しかけていった時、教皇の間の警備に当たっていた兵卒たちのようだったが、それは 人口に膾炙するうちに 微妙に(大いに)事実と乖離したものになった。
聖域の者たちは、地上で最も強大な力を持つ男たちの豪勢なスキャンダルで大盛り上がり、聖域は“平穏”とは程遠い活況を(?)呈することになった。
この五角関係が どう決着するのか、聖域の人々は興味津々。寄ると触ると、その噂に興じている。

人間というものは、常に敵を求め、争いを求め、そして 戦うことをせずに生きていくことのできない生き物なのかもしれない。
そして、それが叶わぬ時には、人は 戦いの代わりとなる騒乱を求めるものなのかもしれなかった。

ともあれ、そんなふうに――聖域は平穏を取り戻すことはできなかったのである。
だが、人々がそんな噂に興じていられるのは平和な証拠。
おそらく、星矢が仲間たちの許に戻り、その五角関係に蹴りがつくまで、聖域は 聖域の名にふさわしい静謐を取り戻すことはないだろう。
もしかしたら、時代も 洋の東西も問わず、平和とは そういうものなのかもしれない。






Fin.






【menu】