二十四節気の小寒と大寒の ちょうど 真ん中。 典型的冬型の気圧配置で、今日は一日中 お天気、夜には綺麗な冬の満月が見られるでしょう。 「朝の天気予報の お姉さんが そう言っていたから、ナターシャは今日は お月様を見てから おねむするヨ!」 と、ナターシャは言っていた。 外は寒いから、お月様は部屋の中から見るように言っておいたのに、ナターシャはベランダに出てしまったのだろうか。 「氷河。ナターシャちゃんが風邪をひくと いけないから、部屋の中に入れてくれる?」 日曜の夜を休めるのが、ホテルバーではなく街場のバーのいいところだと言っていた氷河は、今日も 午後の数時間を公園でナターシャのために使っていた。 氷河は、蘭子が“いい男”に甘いのをいいことに、日曜の夜どころか、休みたい時には いつも休んでいるのだが、おかげで 瞬も自分の仕事に支障をきたさずにいられる。 蘭子の目を満足させるためにも、カッコいいパパが自慢のナターシャのためにも、自分の仕事のためにも、氷河には いつまでも“いい男”でいてもらわなければと、そんなことを考えていた瞬に、問題の“いい男”から、思いがけない返事が返ってきた。 思いがけなくはあったが、変哲のない返事。 氷河は、キッチンにいた瞬に、 「ナターシャは そっちにいるんじゃないのか」 と、答えてきたのだ。 『キッチンにはいないよ』と答える時間も惜しくて、瞬はリビングルームに飛んできた。 そのまま、ベランダに出る。 そこにナターシャの姿はなかった。 瞬は、ナターシャがリビングルームを出た気配に接していなかった――リビングルーム もしくは そこから続くベランダにいると信じていた。 ベランダの手擦りは、ナターシャには乗り越えられないし、それを可能にする踏み台のようなものもない。 リビングルームを出ていないナターシャが いったい どこに消えたのか。 幸か不幸か、瞬には ナターシャの行方を あれこれ考える必要はなかったのである。 「瞬、どうした。ナターシャは――」 瞬と、瞬に 少し遅れてベランダに出てきた氷河が、そこで見たもの。 それは、この時季の日本では まず見られない、不老長寿の象徴。生命の樹の実。 すなわち、冥界の桃の実だったのだ。 ナターシャは、瞬の兄をして『恐ろしい技』と言わしめる桃爆を駆使する黄金聖闘士によって、またしても冥界に連れ去られてしまったらしかった。 「氷河……」 生きている人間は、基本的に冥界に入ることはできない。 氷河と瞬も、冥界と地上世界を自由に行き来することはできないのだが、二人は これまで色々あって、黄泉比良坂に行く術だけはマスターしていた。 となれば、二人がすべきことは もう決まっている。 ともあれ、そういう事情で、氷河と瞬は、あの世とこの世の境界たる黄泉比良坂へと急行することになったのだった。 |