「ヒカリちゃんが、ナターシャのお手紙を届けてくれたんダ!」 帰宅後、瞬が 光が丘病院勤務の看護師たちからの伝言を伝えると、ナターシャは、その瞳と表情を ぱっと明るく輝かせた。 ナターシャの手紙は さすがに そのままにはしておけなかったので剥がしたが、絵は 今も病院のギャラリーに飾ってある。 氷河に経緯を報告するためにカメラに収めてきたナターシャの絵を リビングルームのディスプレイモニターに映し出すと、ナターシャは嬉しそうに 自作の解説を始めた。 「パパとナターシャとマーマが とってもナカヨシだってことがわかったら、光が丘病院のカンゴシさんたちも、パパとナターシャからマーマを取らないでくれると思ったんダヨ! ナターシャのサイコーケッサクだよ!」 「うん。病院の看護師さんたちは、ナターシャちゃんと僕が いつまでも一緒にいられるよう、協力するって言ってくれたよ」 ナターシャに及ぼす影響も考えず 無思慮に表出させた氷河の怒りが、いかにナターシャを不安にしたか。 どれほど ナターシャの小さな胸を傷付けることになったのか。 これで 氷河も、少しは自分の感情任せの言動を反省してくれるのではないか――反省してもらわなければならない。 瞬がナターシャの最高傑作を氷河に見せたのは、何よりもまず 氷河に反省してもらうためだった。 ナターシャのためにも、氷河には もう少し大人になってもらわなければならない。 そう考えて。 だが、瞬のその計画を妨げてきたのは、今回の騒ぎの最大の被害者であるはずのナターシャ その人だったのである。 「ヨカッター! マーマがナターシャのマーマでなくなると、パパが泣いちゃうと思ったカラ、ナターシャ、パパのために頑張ったんダヨ!」 ナターシャは、自分のためではなく――もちろん 自分のためでもあったろうが――誰よりもパパのために頑張ったのだ。 大好きなパパが 泣くことがないように、懸命に、人様を巻き込んで。 「ナターシャ……」 愛娘の その言葉を聞いた氷河は、自分の無分別を反省する前に、ナターシャの優しさに感動し、それだけならまだしも、ナターシャの行動力に(なぜか)すっかり得意顔。 「優しい思い遣りの心を持っているだけでなく、絵の才能まで天才的とは、さすがは俺と瞬の娘だ!」 「ソーダヨ! ナターシャは、パパとマーマの娘ダヨ!」 パパの喜びは ナターシャの喜び。 パパの幸せは ナターシャの幸せ。 パパが嬉しいと、ナターシャも嬉しい。 パパが得意な時は、ナターシャも大得意。 「氷河……」 氷河に“反省”などという殊勝なものを期待した自分自身を、瞬は海の底より深く反省したのである。 非力で幼い子供は、親によって守られる。 幸福な家庭は、子供によって守られる。 そして、氷河は ナターシャによって守られているのだ。 Fin.
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