「マーマって、どんな人なのカナ?」 「へっ」 なぜ、そんな質問が出てくるのか。 星矢と紫龍は、ナターシャの その言葉に 少なからず驚いたのである。 どんな人も こんな人もないではないか。 ナターシャは、その人と毎日の寝食を共にしている。 『どんな人なのか』と、余人に尋ねなくても知っているし、どんな人なのかを余人に説明され、その内容が自分の認識と違っていたとしても、自らの認識を改めることはないだろう。 ナターシャも、それは承知しているようだった。 自分の発した質問が奇妙なものだということは。 だから、ナターシャが星矢たちの答えを待たずに、 「パパはマーマをとっても好きなんダヨ。パパはいつも、ナターシャに そう言うの。ンート、1日に5回くらい」 と 言葉を続けたのは、その奇妙な質問の背景にあるものを説明するためだったに違いない。 そう、星矢は解した。 「パパがマーマに好きって言うと、マーマは、ナターシャのいるところで そんなことを言うのはやめてって、パパに言うんダヨ。パパに好きって言われたら、ナターシャは とっても嬉しいノニ。ナターシャは何回 言われても嬉しいノニ」 「まあ、それは……」 氷河が 初めて瞬に その言葉を告げたのが いつなのかを、星矢は 瞬からも氷河からも聞いていなかった。 だが、大まかに見積もって、それは15年から20年以上前のことだったと判断するのが妥当だろう。 二人が そういうことになって、15年から20年が経った今現在、1日に5回も そんな言葉を繰り返されたら、さすがの瞬も うんざりする――のかもしれない。 そんなことは言われなくても知っていると思って。 もしくは、何のために そんな わかりきったことを繰り返すのかと訝って。 あるいは、単に 喜びよりも 照れや羞恥の感情が先に立って。 氷河は事実の報告をしているだけなのかもしれないが、だとしたら、なおさら そんな報告は 1年に1回で十分。そのエネルギーを育児なり 仕事なり 地上の平和を守るための戦いなり、他のことに まわしてほしいと、瞬なら考えそうである。 だが、それは氷河にとっては非常に重要な事実だから、氷河は 日に何度でも報告したいのだろう。 瞬には今更な、その事実を。 同じ報告の繰り返しに 瞬がいい顔をしないから、氷河は、瞬ではなくナターシャに、1日に5回くらい、その事実を告げるのかもしれない。 氷河には、瞬当人に対して、ナターシャの方が言いやすいのかもしれない。 ナターシャなら、『ソウナンダー』『パパはマーマが とっても好きなんダネー』と素直に喜んで聞いてくれるから。 実際、ナターシャは 瞬と違って、パパのその言葉に倦んでいるようではなかった。 「『マーマが綺麗だから?』って、ナターシャが訊くと、パパは、『それもあるけど、そんなのは目を閉じれば、わからなくなるからなー』って」 「そりゃ そーだ」 それは そうである。 そして、もしかしたら ナターシャは、氷河が瞬を好きな理由――『綺麗だから』以外の理由――を知りたいと思っているのだろうか。 であればこその『マーマって、どんな人?』なのだろうか。 それは、ナターシャが瞬を好きな理由と大して変わらないだろうに。 あるいは ナターシャは、自分がマーマを好きな理由とは 別の理由で、 氷河は瞬を好きなのかもしれないと考えているのか。 「ナターシャは、瞬をどんな人だと思っているんだ?」 星矢同様、ナターシャの質問の意図を汲み取れなかったらしい紫龍が、ナターシャに逆に問う。 ナターシャは暫時 首をかしげたが、さほどの時間を置かずに――答えを 探しあぐねた様子もなく――答えてきた。 「マーマは とっても優しいヨ。絵本をいっぱい読んでくれるし、ナターシャに いろんなことを教えてくれる。ナターシャが一人で お片付けをすると、エラカッタネーって褒めてくれるし、ナターシャの絵も素敵に描けたねって言って、お部屋に飾ってくれるヨ」 「なら、それでいいではないか。瞬はとても優しい。それだけでは駄目なのか?」 「ナターシャはそれでいいんだケド……」 「ナターシャ以外の誰かが、それだけではよくないのか?」 “優しいから好き”なだけでは駄目な“誰か”。 そんな“誰か”がいるとして、それは誰なのか。 その“誰か”に、紫龍は――星矢も――全く心当たりがなかったのである。 ナターシャは紫龍のその質問には なかなか答えてこなかった。 たっぷり2分以上、答えを思いつけなかったらしい。 2分強の時間が過ぎてから、ナターシャからの 答えが返ってくる。 ナターシャは、その答えを口にしている間も、どう答えればいいのかを迷っているふうだった。 「マーマは、ナターシャには とっても優しいけど、パパには とってもキビシイんだダヨ。今日も、朝ごはんの時、パパがサラダのピーマンをよけてたら、マーマはパパを叱ったノ」 「ピーマンをよけるって、ガキじゃあるまいし」 それは叱られても当然という顔で 呆れてから、星矢は慌てて、 「そういうことは、お子サマでも しちゃいけないことだぜ」 と言い直した。 星矢の訂正を受けて、紫龍が その先を継ぐ。 「そう。それは いい子はしないことだ。ナターシャが氷河の真似をしたらまずいし、氷河が悪い子でいたら、瞬も氷河を叱らないわけにはいかないだろう」 「マーマは、ナターシャのためにパパを叱るの?」 「いや、それは……。もちろん、それは氷河のためだ。だが、氷河を叱ることが ナターシャのためにもなると、瞬は考えているだろうな」 星矢に比べれば はるかに慎重に言葉を選んで、紫龍は そう告げたのだが、それに対するナターシャの反応は、紫龍にとって――星矢にとっても――実に思いがけないものだった。 ナターシャは、 「パパは そんなマーマが好きなの? パパはマーマに叱られるのが嬉しいの?」 と、至極 真剣な目をして、紫龍たちに問い返してきたのだ。 ナターシャには、それは、大変な謎、大いなる不思議であるらしい。 ナターシャは どうやら、パパに厳しいマーマを どうしてパパが好きなのか、その理由が わからなくて悩んでいるようだった。 案外 ナターシャは、自分が 瞬のように氷河に厳しくなれば、氷河がもっと自分を――今よりずっと好きになってくれるのではないかと、そんな頓珍漢なことを考えているのかもしれない。 あるいは、瞬が氷河に愛される理由を探り、瞬の真似をして、1日に5回も『好きだ』と言ってもらえるようになることを望んでいるのかもしれない。 それとも――厳しくされても、叱られてばかりいても、それでも氷河が瞬を好きでいる理由が 自分の知らないところにあると考えて、その理由を突きとめたいと希求しているのか。 だとしたら、何のために。 それが子供らしい好奇心だとは、星矢たちには思えなかったのである。 もし そうなのであれば、ナターシャは その質問を氷河に投げかけているはずだった。 氷河なら――氷河だけが、その正答を知っているのだから。 やはり、どうしてもナターシャの質問意図が わからない。 星矢は眉根を寄せ、首をかしげた。 |