未来のアンドロメダ






昔は 城戸邸のラウンジだった。
今は 氷河のマンションのリビングルームである。
いい歳をして、女子中学生か何かのように仲良しごっこをしていたいわけではないのだが、元青銅聖闘士たちは、気が付くと、結局は十代の頃と似たようなことをしているのだった。
十代の頃と違うのは、場所と、彼等が(一応)大人と呼べる年齢になったこと。
そして、彼等の会合に小さなメンバーが一人 増えたことくらいのものだった。

“地上の平和”という一つの目標に向かって 力を合わせて戦う者同士、連絡は密に取っていた方がいいだろう――というのが、会合開催の建前上の理由。
建前でない理由としては、長く音信不通だった星矢との間に横たわる長い空白を埋めたい気持ちゆえ。
あるいは、氷河と瞬の生活がナターシャ中心になったので、その育児に協力するため。
だが、それらも 結局は建前上の理由にすぎなかったのかもしれない。
彼等は ただ、一緒にいることが楽しく、一緒にいられることが嬉しかったのだ。
彼等は、命をかけた戦いを共に戦ってきた戦友同士、一瞬の ためらいもなく己れの命と心を預けることのできる幼馴染み同士、そして 強く深い絆で結びつけられた仲間同士だったから。

その日の話題は、アンドロメダ座、白鳥座、龍座の聖衣を継ぐ者が いつかは現れるのか否か――ということ。
きっかけは、懐かしい あの聖衣は今はどこにあるのかと、星矢が仲間たちに尋ねたことだった。
瞬たちは、黄金位を継ぎ、黄金聖衣を授けられた時、それらの聖衣をアテナに返上していた。
そして、いまだに それらの聖衣を継ぐ者は出ていない。

「キグナスやドラゴンは ともかく、アンドロメダは難しいかもなー」
「ドーシテ、アンドロメダは難しいノー?」
星矢の呟きを そのまま復唱して、ナターシャが無邪気に 大人たちに尋ねてくる。
星矢と紫龍がやってきている時は、氷河か瞬の膝の上がナターシャの定位置。
今日は、ナターシャは氷河の膝の上にいた。

『アテナの聖闘士』、『小宇宙』、『聖衣』。
ナターシャの家では、それらの言葉が、他の家で『会社員』、『元気』、『スーツ』といった言葉が飛び交うのと同じ頻度で、日常的に出現する。
ナターシャは、『アテナの聖闘士』を『正義の味方』、『小宇宙』を『正義の味方の戦いのエネルギー』、『聖衣』を『正義の味方が戦う時のコスチューム』程度に解しているようだった。
『キグナス』『ドラゴン』『アンドロメダ』は課長職、『アクエリアス』『ライブラ』『バルゴ』を部長職とでも思っているのかもしれない。
もっとも、ナターシャは、『課長』と『部長』の違いも わかっていないようだったが。

そんなナターシャには、『アンドロメダは難しい』は『課長職は難しい』という意味になる。
そう解しているらしいナターシャのために、星矢は 自身のぼやきの内容を より噛み砕いて言い直した。
「アンドロメダが難しいってのは、アンドロメダの聖衣を身につけて戦うのが難しいっていう意味だよ。アンドロメダの聖衣は、普通の男には装着できないし、並大抵の女には着こなせない特別な聖衣なんだ」
「聖衣は着こなすものじゃないでしょう。小宇宙によって、聖闘士の戦いの攻防の力を増す防具――」
「それは建前」
星矢は、仲間内の井戸端会議で、建前論を語るつもりはないらしい。
取扱い説明書の“聖衣”の項の記述を読み上げるような瞬の言葉を、星矢は いともあっさり遮った。

「キグナスの聖衣とドラゴンの聖衣は 小宇宙の力でどうにでもなるもんだろうけど、アンドロメダの聖衣は違うだろ。あれは 着こなせるかどうかが肝心。小宇宙より、似合うかどうかの方が重要な聖衣だ」
正規の取扱い説明書を真っ向から否定するような星矢の主張に、瞬が渋面になる。
再度 正規版取説を読み上げようとした瞬を遮ったのは、今度はナターシャだった。
「アンドロメダって、マーマが乙女座の聖闘士になる前にやってた お仕事だヨネ?」
「そう。アンドロメダの聖衣は、瞬がバルゴの黄金聖闘士になる前に 預かってた聖衣だよ。アンドロメダってのは お姫様の名前で、瞬はお姫様の星座の聖闘士だったんだ。氷河は白鳥座で、紫龍は龍座」
「アンドロメダの聖衣も金ぴかなの?」
「いや、ピンク」
「ピンク?」

ピンクと言われて、ナターシャが にわかに瞳を輝かせる。
ナターシャくらいの歳の女の子には、金色よりピンク色の方が、より心がときめく色なのかもしれない。
俄然 興味を引かれたように、ナターシャは氷河の膝の上で身を乗り出してきた。
「マーマ。アンドロメダの聖衣って、可愛いの?」
「か……可愛い……?」
ナターシャに、取扱い説明書の文章を読み聞かせても、理解してはもらえまい。
それ以前に、聖衣の取扱い説明書には、アンドロメダの聖衣が可愛いかどうかについての記述はない。
答えに窮した瞬に、紫龍が助け舟を出してくれた。
それが助け舟と言っていいものだったかどうかは さておいて。

「写真があっただろう。昔、十二宮戦が終わった頃、聖域の人材不足を解消しようとした沙織さんが、聖闘士候補募集のポスターを作ってばらまこうなどと 無茶なことを言い出して、写真のモデルにされたことがあった。捨ててしまったか?」
瞬には それは、助け舟というより、追討の撃ち手のようなものだった。
瞬は、その写真に あまりいい思い出は なかったのである。
むしろ 嫌な思い出しかなかった。

「みんなの分、捨てるに捨てられず、取ってあるけど……」
嫌な思い出しかないのに、捨てることができずに取ってある若き日の写真。
それが どんなものであっても、人は 思い出というものを捨てることができないようにできているのかもしれない。
そして、おそらく、大人というものは無邪気な子供には勝てないようにできている。

「ナターシャ、見たい見たい!」
「俺も見たい見たい!」
ナターシャと星矢。二人の子供に ねだられて、大人である瞬は しぶしぶ 掛けていたソファから立ち上がった。
城戸邸を出る時に自室から持ち出したこまごまとしたものは小さな箱にまとめて、チェストの奥にしまってある。
見付からなければいいと思う時に限って 探し物はすぐに見付かり、リビングルームを出て5分後には、瞬は問題の品を持って子供たちの許に戻ることになったのだった。






【next】