僕の世界に戻った僕は、すぐにベッドから飛び起きて、氷河の部屋に向かったんだ。 目覚めた こちらの世界も夢だったら どうしよう。 氷河が消えてしまっていたら どうしよう。 そんな不安と恐怖が 頭の中で ぐるぐるして、いても立ってもいられなかった。 「氷河……!」 ノックもせずに飛び込んだ氷河の部屋のベッドに、僕の恐れも知らず 健やかに眠っている氷河の姿を認めた時には、安堵のせいで心が破裂するかと思ったよ。 安堵した僕が、もう一度 氷河の名を口にして彼を起こしてしまうのを ためらっているうちに、氷河が目を覚ましてしまった。 「何だ。こんな朝っぱらから」 ベッドの上に上体を起こした氷河が裸なのを見て、僕は慌てて自分の恰好を確かめた。 よかった。 無作法なことに変わりはないけど、ちゃんとパジャマを着てる。 「あ……あの……氷河が消えてしまうような気がして」 無作法なことに変わりはないから、氷河に答える僕の声は しどろもどろだったけど。 「なんだ。俺の寝込みを襲いに来てくれたのかと思ったのに」 氷河が そんな軽口を叩いてくれたのは、自分の無作法のせいで きまり悪そうにしている僕のために、その場を冗談にしてしまおうと考えてのことだったろう。 けど、おかげで僕は ますます窮地に追い込まれてしまった。 このシチュエーションで、何を言えばいいのか わからない。 そんな僕を見兼ねたのか、氷河が 真面目な口調になってくれる。 「俺が消える? 夢か幻のように? 俺が消えるわけがないだろう」 「うん……」 うん。 ほんとだよ。 僕にとっての現実世界は、たとえ戦いが絶えることがなくても、氷河のいる世界、仲間たちのいる世界だ。 この世界でないと、僕は永遠に幸福になれない。 氷河の言葉に、僕は、ほっと吐息して頷いた。 でも、氷河は、それで僕を解放する気はなかったらしくて、 「俺が 消えたら困るのか?」 って、僕に訊いてきた。 その質問の答えなら、僕は 持ってるよ、氷河。 「もちろん、消えたら困るよ。僕たちの世界の平和を守るために、氷河は必要。氷河はアテナの聖闘士なんだから」 「そんなものは、俺がいなくても、アテナやお前が守ってくれる」 「氷河……」 どうして氷河は そんなことを言うんだろう。 そんなことがあるはずないのに。 少なくとも僕は駄目だ。 氷河がいないと、僕はだめ。 「氷河がいなくちゃ駄目だよ。僕が寂しくて戦えなくなるから」 僕は別に、氷河を嬉しがらせようとして そんなことを言ったんじゃなく、それは ただの事実だったんだけど――。 氷河は なんだか意味ありげな目をして、唇の端で笑って、それから、僕が見慣れた あの熱っぽい瞳の中に 僕を閉じ込めてしまった。 言葉にはせず、『おいで』って言う氷河に、僕は『いや』って言えなかったんだ。 氷河の青い瞳は、夢の世界より綺麗だよ。 綺麗で、気持ちよくて、そして、僕を幸せにしてくれた。 平和を希求する気持ちが消えたわけじゃない。 僕は もちろん、それを心から求めているし、そのためになら命をかけて戦うよ。 でも、“平和”と“愛”の どちらかを選べと言われたら、僕は間違いなく “平和”より“愛”を選ぶ。 平和っていうのは、人を愛する気持ちに支えられ、自分の生きている世界に 自分の力で築くものだと思うから。 あの日以来、僕は 戦いのない世界の夢を見ていない。 Fin.
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