そうして 瞬は、“冥府の王に愛される”という神託から解放された――否、瞬に下された神託は実現し、完了したのだ。 瞬は、どんな桎梏もなく、自分の生を自分の意思で生きることができるようになった。 一輝と氷河は、いちばん いいところをアテナに取られたと、冗談なのか本気なのか わからない顔と声で文句を言ったが、アテナに ハーデスを止めさせてくれたのは、神々の都合ではなく、兄と氷河だったと、瞬は思っていた。 瞬は、兄の国と氷河の生きる世界を守るために、ハーデスの意に従う決意をした。 彼等の母――自分たちの母を守るために、ハーデスの意に従う決意をした。 その決意をしなければ、アテナは あのタイミングで あの場に現れてはくれなかったろう。 そう、瞬は思っていた。 自分が愛している人のために、自分を愛してくれる人のために、瞬が その決意をしたから、アテナは来てくれたのだ。 愛という武器以外に、神に抗する術を持たない非力な人間たちを救うために。 生と死と、そのどちらが人間にとって価値があるもので大切なものなのかは、今も瞬には わからない。 だが、母たちは 彼女等の子供たちが生きることを望んでいた。 いずれ 人は死んでしまうものなのに、それでも生きることを望んでいた。 ならば生きなければ――と、瞬は思ったのである。 いつか死ぬことはできるのだから、今は 生きることをしよう――と。 それは氷河と一輝も同じらしく――彼等は、『生きて幸せに』という彼等の母の願いを叶えるために、以前より一層 精力的に 生きることを始めた。 一輝は、弟と離れていた これまでの時間を取り戻すべく。 氷河は、生きている間にしか得られない恋の喜びを手に入れるために。 『人は 死後の安寧のために生きているわけではない』と、アテナは言っていた。 では、生きている者は、生きることの試練を 生きて乗り越えなければならず、生きて幸福になるための努力を 生きて続けなければならないのだろう。 瞬の当座の“生きることの試練”は、なぜか異様に反りが合わないらしい氷河と兄の いがみ合いを解消すること。 二人は日を追うにつれ、互いを知るにつれ、どういうわけか険悪の度を深めて、瞬の“生きることの試練”を大きなものにしてくれたのだが、生きて その試練を乗り越えるための努力ができることを、瞬は幸福だと感じている。 Fin.
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