恋に破れた高校3年生がやることといえば、それは受験勉強に決まっている。 仲良く二人揃って瞬先生に失恋してから、俺と初子は 何となく一緒にいることが多くなって、週末は光が丘公園の敷地内にある区立図書館に二人で繰り出すのが お約束になった。 公園を通ると、時々、瞬先生とナターシャちゃんと ナターシャちゃんのパパに会う。 二人でいる俺たちを見掛けると、瞬先生は いつも嬉しそうに微笑んでくれる。 金髪威圧男も、俺が瞬先生と長く話していても、俺を睨みつけてこなくなった。 話の内容が、小論文の書き方のコツだの、わかりにくい過去問の解き方だのじゃあ、金髪威圧男も 焼きもちの焼きようがないんだろうと思ってたんだが、実は そういうわけでもなかったらしい。 そういうわけではないことを、ナターシャちゃんが教えてくれた。 「コイビトがいるなら、マーマを取られるシンパイがないからダヨ。パパはマーマを とってもとってもアイしてるんダヨ」 ってことなんだそうだ。 俺たちより ずっと大人で迫力のある、あの派手なイケメン金髪男は、俺みたいな高校生のガキに、律儀に(?)本気で焼きもちを焼いていたらしい。 「何だってまた」 金髪威圧男の律儀が意外で、つい ぼやいた俺に、ナターシャちゃん曰く、 「マーマは とっても優しくて、誰にでもシンミになるから、パパはいつもヤキモキしてるノ」 「ナターシャちゃん!」 家庭内の機微情報を漏洩されて、瞬先生は、少々 慌て気味だったけど、金髪威圧男は 眉ひとつ動かさない。 「ナターシャちゃん、すごいねー。お利口だねー」 初子に褒められて、個人情報保護法違反のナターシャちゃんは 超ご機嫌。 何か、不思議で、綺麗で、でも幸せそうな家族。 俺の尽力の成果とは言わないが、初子の失恋の痛手は、薄れつつあるみたいだ。 瞬先生たちを見詰める初子の目は、まだ時々切なそうだから、まだ完全に立ち直ったってわけではないんだろうけど。 きっと女心ってのは、男のそれより繊細にできてるものなんだろうし、こういうことに焦りは禁物だ。 でも――受験が終わって、いろんなことが落ち着いたら、思い切って告白してみようか。 ナターシャちゃんに バイバイして、公園の外につながるイチョウの並木道を 初子と並んで歩きながら、俺は そんなことを考えていたんだ。 ここのイチョウの葉が黄色く染まって、全部散って、次の世代の小さな緑色の葉が茂り始めた頃には、初子の心の傷も癒えてるかもしれない――って。 そんな俺の堅実で ほのぼのした人生設計を、問答無用で ぶち壊してくれたのは、何かあった時には助け合えて、側にいてくれるだけで頼りになる(はずの)俺の幼馴染みであるところの初子だった。 ちょうど並木道が終わったところで、初子は俺に言ってくれたんだ。 「ナターシャちゃんって、ほんと お利口で、可愛いよね。私、あんな女の子が欲しいなー。ハジメ、私と作んない?」 と。 落葉にはまだ早い。 当然、足を滑らせるようなイチョウの葉っぱなんか何もない遊歩道で、俺は 多分 空気に足を取られ、そのまま顔から べちゃっと地面に倒れ伏した。 「ハジメ! あんた、何やってんのよ!」 俺が何をしてるのかなんて、そんなこと、俺にわかるか。 今の俺に わかるのは ただ、俺が 繊細な女心なんてものを理解できる日は 永遠に来ないだろうってことだけだ。 Fin.
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