ナターシャのパパは すごくカッコいい。 お陽様の光みたいに きらきらの髪、空と海を混ぜ合わせたみたいに青い目。 ナターシャがピンチの時には、お仕事中でも、お仕事を放っぽって、助けに来てくれる。 可愛いお洋服も買ってくれるし、ナターシャと一緒に いっぱい遊んでくれる。 ナターシャはパパが大好き。 パパのためなら何でもする。 パパがナターシャのために何でもしてくれることが わかっているから。 『氷河は、ナターシャちゃんのためなら宇宙だって壊してしまいかねないから、氷河に そうさせないために、僕は氷河とナターシャちゃんと一緒にいるんだよ』 と、マーマは言っている。 マーマは、パパを監督するために、パパとナターシャの家に来てくれた。 ナターシャのマーマは、とても優しくて綺麗。 物知りで、ナターシャにいろいろなことを教えてくれる。 しちゃいけないことと した方がいいこと。 正しいことと 間違ったこと。 免疫力を高める食べ物、美味しくても食べすぎちゃいけないもの。 ナターシャが 可愛い女の子でいるには どうしたらいいのか。 それから、パパの監督方法とパパに嫌われない方法。 パパは、意地悪な子や、自分のことばかり考えて、自分以外の人に優しくできなかったり 傷付けたりする子が嫌い。 パパは優しい子が好きなの。 でも、マーマに教えてもらわなくても、どうすればパパに好きになってもらえるのかを、ナターシャは ちゃんと知っていた。 マーマみたいになればいい。 パパはマーマが大好きだから。 だから ナターシャは、マーマみたいに綺麗で、誰にでも優しくて親切で、物知りで、パパをしっかり監督できるナターシャになる。 パパに そう言ったら、『おおむね それでいいが、瞬ほど強くならなくてもいいぞ』と、ほとんど表情のない顔で 頷いた。 マーマが強すぎて、“瞬を助けるカッコいい俺”ができないのが不満なのだということを、パパは マーマに内緒でナターシャに教えてくれた。 ナターシャは、あとでマーマに『おおむね』の意味を教えてもらおうと思った。 ナターシャは 毎日が楽しかった。 毎日 新しいことが起きて、毎日 新しいことを覚えて、ナターシャは 少しずつ物知りになって、お利口になる。 パパはカッコよくて、マーマは優しくて、毎日が楽しくて、夜 眠る時には 明日が来るのが待ち遠しかった。 ナターシャは、憶えていたから。 初めてパパと出会った日、パパがナターシャのパパだと わかるまで、自分がどんなに心細かったか。 自分が一人ぽっちだと思うしかない恐怖。 自分が何者なのかがわからないことの底知れぬ不安。 ナターシャは憶えている。 今は、あの恐怖や不安に囚われることはない。 私はナターシャ。 パパとマーマの娘。 そうだと自信を持って言えることの嬉しさが、今の私を作っている。 人間の幸せは、“自分が何者なのかを知っていること”の上に築かれるのだと思う。 “自分が誰を愛し、誰に愛されているのかを知っていること”の上に。 “自分が誰を愛し(人によっては、誰も愛しておらず)、自分が誰に愛されているか(誰にも愛されていない場合もある)”を知り、その上に、人は それぞれの幸福を築いていく。 私は――ナターシャは 恵まれた少女だった。 パパとマーマを愛していた。 多くの人を愛していた。 パパとマーマに愛されていた。 多くの人に愛されていた。 その上に 楽しい日々を積み重ね――ナターシャは幸せな少女だった。 |