夢で見た浜を探し求める旅に3年。 目的地に向かって一直線に進む旅は、3ヶ月とかからなかった。 神々の結界が消えたアルカディアは、3年以上の年月を経て、地上の楽園というより、ただの辺鄙な辺境の地となっていたが、瞬の好きだったオリーブの木は、3年前と同じ場所に 同じように立っていた。 英雄になること、この地の王になることを求めて、アルカディアにやってきたエティオピアの若者たちが打ち砕いた石碑も、あの時のままの状態で 片付けられもせず、手を繋いだオリーブの枝の下に転がっている。 『立ち去れ! 私は神の秘密を隠した』 氷河が その石を取り除くと、地面を深く掘り起こすまでもなく、青瑪瑙で飾られた宝石箱が姿を現わした。 その中に、黄金のペンダント。 氷河は、石碑のかけらで、ペンダントに刻まれた『 YOURS EVER 』の文字を削り落としたのである。 「瞬……」 氷河が その名を呼ぶと、 「はい」 すぐに、返事が返ってきた。 瞬が冥府に連れ去られてから、3年と数ヶ月。 氷河は、自分が変わりすぎるほど変わってしまったことを自覚していたが、瞬は何も変わっていなかった。 姿も。その澄んだ瞳も。 瞬が変わったのは、もう瞬がハーデスにもポセイドンにも縛られていないということ。 瞬が、今は自由だということ。 神々の契約から解放された瞬が最初にしたことは、彼を解放した人間の胸に飛び込み、 「氷河、大好き」 と告げることだった。 3年前、瞬には その言葉を口にすることが許されていなかったのだ。 「ずっと氷河の夢を見ていたよ」 そう囁く瞬の身体を、氷河は力の限りに抱きしめた。 もはや地上の楽園ではなくなったアルカディアの地に、いつのまにか――今度は夢ではなく――アテナが やってきていた。 「感動の再会ね。おかげで、ハーデスとポセイドンは すっかり臍を曲げちゃって」 そう告げるアテナは、永遠の命を持つ偉大な女神にしては、少女の姿にふさわしい楽しげな笑顔を浮かべていた。 「それも致し方のないことなのだけど……。ハーデスは、せっかく手に入れた瞬を奪われ、ポセイドンは、彼の信奉者をアルカディアの王にすることを画策していたのに、彼が目をかけていた若者は利口すぎて、その機会を自ら捨ててしまったのだから」 「俺が馬鹿だったせいで」 「利口者が幸福を手に入れられるとは限らないものよ」 知恵の女神らしからぬことを言って、アテナは再び、今度は声をあげて笑った。 知恵の女神アテナは、戦いの女神。 快い勝利が、彼女は嬉しかったのだろう。 「すっかり辺境の地になってしまったけれど――氷河、あなたは、一応 アルカディアの王。この地はあなたのものよ」 「俺の望みは、瞬と共にいること。ただ それだけだ」 『私がいなくなったら、氷河は 氷河の幸福を見付けなければならないわ。私との幸福、私たちの幸福ではなく、氷河自身の、氷河だけの幸福。必ず見付けてね。それだけが、私の願いよ』 母の最期の願い。 ついに手に入れた彼自身の幸福を、氷河はアテナの前で再び抱き寄せた。 「ええ。おそらく、それが楽園の王になるということね。瞬の兄と渡り合うには、形ばかりでも 王の肩書きを持っていた方がいいと思うけど……。あなたの好きになさい」 妙に楽しそうに、二人の前途に嵐の到来を思わせる不吉な言葉を残して、アテナは、氷河たちの前から消えていった。 実際、瞬の帰還を報告するために 瞬と共にエティオピアに向かった氷河の前には、彼の人生最大にして最強の嵐が襲来したのだが、その物語は いつかまた別の機会に。 いつの時代、どこの世界でも、楽園の住人は一人ではない。 嵐が吹き荒れるのは、そこが幸福な楽園だからなのだ。 Fin.
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