「しっかし、子供一人叱るのに、大騒ぎだな」 すべてが丸く収まってから、瞬が開催した“すべてが丸く収まった”報告会。 報告を終えた瞬に対する星矢のコメントが それだった。 この騒動の元凶が自分だという認識が、星矢には全く ないらしい。 すべてが丸く収まった今、そんなことを指摘したところで 何の益もないので、あえて その件に関しては不問に付した。 「きっと子供だからだよ。子供は、叱り方ひとつ、褒め方ひとつで、その先が大きく違ってくるから。起点の角度が1度違えば、100キロ進んで辿り着く場所は17、8キロも違う」 「その理屈も わからないじゃないけど、俺たちなんて、ガキの頃は、スゲー 大雑把に殴られたり、張り飛ばされたりしてたじゃん。それでも ちゃんと いい子に育った」 星矢の言う“いい子”の定義は謎だったが、彼の言いたいことは わかる。 瞬は微かに頷いた。 「それは 多分、僕たちには仲間がいたからだよ。その上、星矢には、お姉さんもいた」 「星華姉さん?」 なぜ ここで姉が出てくることのなるのか わからなかったらしい星矢が、瞳をきょとんとさせる。 その様子が、“いい大人”“善良な市民”と表するより、まさに“いい子”と表すべきものだったので、瞬は 我知らず懐旧の念に囚われ、目を細めた。 「そう。星矢は お姉さん、氷河はマーマ。紫龍も老師や春麗さんに出会えてるし、僕には兄さんがいた。子供だった頃、僕たちは 随分と理不尽な目に合ってきたと思うけど――ナターシャちゃんだって、いつか そういう境遇にならないとも限らない。僕も氷河も――アテナの聖闘士たちは いつ命を落とすか わからないからね。でも、たとえ そんなことになっても、この先、どんな つらいことがあっても、誰かに確かに愛されていたっていう記憶があれば、ナターシャちゃんは――ううん、人は誰でも、きっと強く生きていけるものだと思うんだ。星矢や氷河が その証人」 「ん……そっか、そうだな」 「だから、叱るのも褒めるのも、常に全力投球の大騒ぎというわけか」 『そこに巻き込まれるのはご免被りたいが、そういう事情なのであれば 大目に見よう』と言葉ではなく視線で、紫龍が呟く。 いつ どんな戦いで命を落とすことになるか わからないアテナの聖闘士。 紫龍は、そんなアテナの聖闘士でありながら、我が子の独り立ちを 生きたまま確認できた、幸運な父親だった。 そして、星矢と紫龍は、氷河がナターシャを世界一 幸福な娘にしたいと願っていることを知っている。 多少の迷惑行為は我慢できないこともないし、我慢することにしよう。 彼等は そう思ってくれたようだった。 仲間たちの そんな寛大と寛恕に気付いているのか いないのか、 「なぜ一輝だ。俺がいるだろう」 氷河が 小さなことに文句をつけてくる。 ナターシャの密告で、ここで氷河を叱っても 氷河をぞくぞくさせ喜ばせるだけだということを知ったばかりだった瞬は、あえて彼の声が聞こえなかった振りをしたのだった。 が。 その数日後、瞬は、ナターシャから、 「パパは、マーマに叱られるのも ぞくぞくして嬉しいケド、マーマに わざと冷たくされるのも ぞくぞくしてシアワセな気分になるんだッテ」 という二度目の密告を受けることになってしまったのである。 自分が誰かに確かに愛されているという現在進行形の愛の記憶は、いやでも人を幸福にするもののようだった。 Fin.
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