「――と、俺は、カロンの不細工振りを丁寧に説明してやったんだがな」 氷河が仲間たちのために選んだヴェネツィア土産は、派手な道化の仮面。 それを氷河に手渡された星矢は、露骨に嫌そうな顔を作って、そのヴェネツィア土産を紫龍の手に押しつけた。 「それで、どうなったんだよ? その女、カロンに会うのを諦めてくれたのか? カロンは無事に恋に破れることになったわけ?」 星矢は、瞬のように カロンを親切な男とは思っていないが、もともと根に持たない性格なので、特段 カロンを憎んだり 嫌ったりもしていない。 純粋に好奇心から、星矢は、カロンの恋の顛末を知りたがっているようだった。 そんな星矢に――というより、カロンの恋の顛末に――氷河が両の肩をすくめる。 「そうだったら よかったんだがな。カロンが筋金入りの不細工男なら、あの女は筋金入りの声フェチだったんだ。『カロン様の渋いダミ声が好きで好きでたまらない。歌声、話し声、ほどよく枯れていて、素っ気なく照れている感じが、好み どんぴしゃ。理想の声の男性に、恩着せがましくなく、ぶっきらぼうに親切にしてもらって、ワタシはカロン様との出会いに運命を感じたノヨ!』だそうだ」 「こ……声フェチ……?」 想定外の展開に、星矢が暫時 呆けた顔になる。 瞬が微笑みながら、氷河の報告に 補足事項を追加した。 「彼女は、病気の治療がうまくいって、ハンデが消えたら、必ずカロン様に 恋の告白をするんだって決意して、カロン様のために、1年間の病気治療を頑張ったんだって」 「そりゃ、健気なことだけど……え? ほんとに、あのカロンでいいって? 声がよければ、あの顔でも?」 星矢の確認内容も随分だが、 「俺と瞬を見ても、眉一つ動かさなかったところを見ると、あの女が面食いでないのは確かな事実だろうな。だが、俺には どうしても あの女の病気が本当に治ったとは思えない。あの女は、視力は回復したのかもしれないが、代わりに 別の何かが狂ったんだ」 氷河の決めつけは もっとひどい。 しかし、氷河には決して、顔より声を重視する女性に悪意を抱いているわけではない。 カロンへの他意もない。 彼は ただひたすら、カロンを熱愛する若い美人の存在に驚き、感嘆し、感動していたのだ。 「顔なぞ、目を閉じれば見えなくなるもの。電気を消せば見えなくなるものだそうだ。仲良くやっているようだぞ。俺には全く理解できない趣味だが」 「好ましく感じる声があるっていう感覚はわからなくもないけど……。目を閉じれば 顔が見えなくなるっていうのは事実だしね」 「それにしたって、あそこまで顔の造作を度外視できるものか? 俺とおまえとカロンがいて、その中から迷いもせずにカロンを選ぶんだぞ。見た目が すべてだとは、俺も言わんが、顔の出来がいいに越したことはないだろう」 「どっかの氷雪の聖闘士には、顔しか取りえがないもんな」 星矢に茶々を入れられた氷河が、むっとして口を への字に ひん曲げる。 氷河が星矢への反駁に及ばないのは、彼が星矢の茶々を否定する論拠を持っていないから(持っていないと思っているから)だったかもしれない。 考えようによっては、それは、極めて潔い謙虚な態度だった。 そんな氷河に、瞬が、素朴な(氷河にとっては意想外の)質問を投げかける。 「氷河は見た目を重視するの? 氷河は僕の顔が こんなだから、僕を好きなってくれたの?」 「なに……?」 「だから、電気を消さないの?」 「……!」 瞬の質問に ぎょっとした顔になったのは、氷河だけではなかった。 氷河が電気を消さないのは、いつ、どういうシチュエーションでのことなのか――を、瞬に確かめる勇気を持てず、星矢と紫龍も、氷河同様 顔を引きつらせる。 しかし、瞬は、その質問を取り下げなかった。 「たとえば、僕の顔がカロンさんみたいに 野趣にあふれたものだったら、氷河は僕を好きじゃないの?」 瞬が どういう答えを望んでいるのかは わかっていた。 だが 氷河は、すぐに(何も考えずに)瞬の望む答えを口にすることはしなかったのである。 瞬に問われたことに いい加減な答えを返すわけにはいかない。 氷河は、瞬が提示した仮定の場面を脳内に思い描き、そうなった時、自分がどう振舞うのかを真面目に考えた。 そして、 「その仮定文は おまえに失礼だと思うし、俺は おまえの顔も好きだが――まあ、おまえの顔がカロンと同じものになったくらいのことでは、俺は動じないだろうな」 と答える。 「うん」 その答えが、瞬には嬉しいものだったらしく、瞬の唇は おそらく瞬の意思とは関係なく 自然にほころんだ。 「僕、彼女が 声フェチだっていうのは 嘘なんじゃないかと思うんだ。彼女は、カロンさんの卑屈を取り除くために、わざと あんなことを言ったんだよ。彼女は きっと心の目でカロンさんの心を見たんだと思う」 「おまえは何でも綺麗ごとにしたがる」 「そうかな」 「その方がいい。俺はおまえの そういうところを好きになった」 真顔で そう応じてから、氷河は 冗談口調で、 「もちろん、おまえの綺麗な顔も 同じくらい好きだが」 の一言を付け足した。 素直な質の瞬は、冗談口調の発言を 素直に冗談と受け取り、氷河にとって 顔の造作は 二の次三の次の事柄なのだと解する。 そして、瞬は、氷河への好意を更に募らせるのだ。 二人のやりとりを脇で見ていた星矢と紫龍は、氷河の最大の取りえは もしかしたら、作りの見事な顔より、こういうところ――自分の好きな人の好意を得るための“作為”が ごく“自然”にできてしまうこと――なのかもしれないと 思ったのである。 目を閉じれば、顔は見えなくなる。 おそらく、どれほど容姿に恵まれていても、人は 容姿だけで 人に愛されることはできない。 Fin.
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