贖罪






あれは、天の声だったのだろうか。
あるいは、神の声だったのかもしれない。
だが、神とは何だろう。
私には、それすら わからなかった。
ともかく、その声が言ったのだ。
「あなたは罪を犯しました」
と。

女性の声だった。
印象は厳しいが、優しさも感じられる、凛とした声だ。
「その罪は、地獄に墜ちることも許されないほど深く重い罪。けれど、神以外のすべての人間が、あなたが許されることを願っている。その願いゆえに、あなたには 改悛の機会が与えられることになりました」
私が罪を犯したと、疑いの余地のない事実を報告するように、その声は言う。
しかし、私は、私の犯した罪が どのような罪であるのかを知らなかった。
そう。私には、私自身と私自身の過去についての記憶が全くなかったのだ。

「あなたは すべての記憶を消されました。過去の言動や思想を すべて忘れた素のあなたに、生きて存在し続ける価値があるかどうかを確かめるために。あなたは これから一人の人間として 地上世界に生まれ変わります。そうして、あなたが犯した罪を償うのです。ただし、12日間の期限つき。期限内に 罪を贖うことができれば、あなたは 再び生きることが許されます」
何を言われているのか、私には全く理解できなかった。
私は、自分が何者であるのかを知らない。
そんな私に、“再び生きることを許す”者は誰なのだ。
憶えていない罪を、どうすれば贖えるというのだ。
今の私が持っているのは、謎と疑問ばかりだ。

だが、私には質問が許されていなかった。
当然だ。
私には身体がなかった。
私は、意識だけの存在だったのだ。
今の私には、声を生む器官がない。
私は、一方的に私に話しかけている女性の声と言葉を聞くだけ。
彼女の決定を 拒むことは不可能だった。

「幸い、ちょうどいい身体があります。12日間、あなたは その身体で生きて、自分の罪の重さを思い出し、その罪の贖罪の方法を探しなさい。期限内に それができなかった時、あなたは この世界に存在することが許されなくなり、今度こそ本当に あなたのすべてが消滅します。あなたの命、あなたの魂、あなたの心、あなたの意識、すべてが無となるのです」
“ちょうどいい身体”。
それは いったい誰の身体なのだ。
私が何者で、どんな罪を犯したのかを教えてもらえないのなら――それを思い出すことが 私の為すべきことだというのなら、せめて“ちょうどいい身体”の主が何者なのかだけでも教えてほしい。
それくらいのことは――それくらいの情報は与えられてもいいのではないか。
と、私は思った。

が、それすらも、私には許されていないらしい。
まるで私の贖罪が成し遂げられないことを望んでいるような、12日間のトライアルの提案。
実際、私に贖罪を要求する その声の主は、私の贖罪が成し遂げられることを望んでいなかったのかもしれない。
ただ、“神以外のすべての人間”が 私が許されることを願っているから、“神以外のすべての人間”の望みを聞き届けた(てい)を装いたいだけで。
ならば、さっさと私のすべてを消し去ってくれ。
12日間のトライアルなど、私は望んでいない。
そう訴えようとした時、ふいに、眩しい光が 私の目を刺した。






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