カトリーヌは、彼女の時代、彼女の世界に帰っていったようだった。 「カトちゃん、消えちゃった……」 自分とは あまりに価値観の違うカトリーヌが、ナターシャは心配でならないのかもしれない。 素直で優しい いい子になって、パパとマーマに褒められ愛されることが いちばん大切なナターシャは、今 とても幸せでいる。 だから、自分と同じものを大切に思うことのできないカトリーヌは 幸せになれいような気がして、ナターシャは心配なのだ。 実際、カトリーヌの生涯は、第三者の目から見れば不遇と不運と不幸だけでできているように見える。 夫の生前は 夫に愛されず、夫の死後は、王としての資質にも能力にも欠けた無能な息子たちの尻拭いに奔走。 サン・バルテルミーの虐殺の黒幕として歴史に悪名を轟かせ、そうまでして守ろうとしたフランス・ヴァロア王朝は、彼女の息子の代で断絶するのだ。 フランス王妃にして母后カトリーヌ・ド・メディシスは、息子にも娘にも見捨てられ、王家の滅亡を悟り、失意のうちに亡くなったことになっている。 彼女は、最期まで――夫にも 息子たちにも娘たちにも 愛されることはなかった。 彼女が、魔法の力に頼ってまで手に入れたいと願った“愛されること”。 欲したものを手に入れられなかったという意味では、カトリーヌは永遠に不幸で悲しい敗者なのかもしれない。 だが――。 「カトちゃん、寂しそうだっタヨ。カトちゃん、悲しそうだっタヨ……」 ナターシャは、彼女の心を案じている。 ナターシャは 彼女を悪者だとは思っていないのだ。 夫に顧みられることのなかった不幸な妻、サン・バルテルミーの虐殺を画策した悪女、ヴァロア王家を絶滅に追いやった愚かな母。 誰が彼女を どう評そうと、彼女は彼女なりに自分の命を 必死に生きたに決まっている。 瞬は、心配顔のナターシャのために ささやかな微笑を作った。 「ナターシャちゃん。公園の外のケーキ屋さんに行こうか。カトちゃんは、アイスクリームとズコットを作った人なんだよ。カトちゃんがカトちゃんの料理人に 美味しいデザートを作りなさいって命令しなかったら、ナターシャちゃんと世界中の人たちは、アイスクリームもズコットも食べられないままだったんだよ。カトちゃんは、ナターシャちゃんのおやつの恩人なんだ」 「カトちゃん、アイスクリームとズコットを発明した人なの !? カトちゃん、すごいヨ! カトちゃん、偉い!」 時の流れを自在に操るクロノスの悪ふざけに慣れているナターシャは、不思議なことにも慣れている。 カトリーヌがアイスクリームとズコットを発明した人なのだと言われても、それを おかしなこととは思わず、素直に受け入れる。 素直に受け入れて、ナターシャは喜んだ。 「ほんとだね。きっと、世界中の人が、カトちゃんに感謝してる。世界中の人が、カトちゃんのことを大好きだよ。だって、アイスクリームを発明した人なんだから」 「ウン。ナターシャも カトちゃんが大好きダヨ!」 その瞳から心配の色を消して 嬉しそうに笑い、ナターシャは 瞬の首に しがみついてきた。 人は 愛してほしい人に愛されるとは限らないが、どこで愛を手に入れられるか わからない。 白詰草の指輪やアイスクリームで、それを手に入れられることもある。 だが、人が人に愛される最善の方法は、自分が その人を愛することだろう。 氷河とナターシャ。誰よりも人を愛する才能に恵まれている二人。 自分が愛する人たちを見やり、瞬は そう思った。 Fin.
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