そこに、
「妖精がどうかしたの?」
聞き慣れない声が響いてくる。
振り向き、そこに立つ男(?)を見た星矢が、すぐに彼を前代の蟹座の黄金聖闘士デストールだと認めることができたのは、星矢が、デストールという男の個性的な人となりについて、一輝から 詳しく聞かされていたからだった。
デストールは、星矢が一輝から聞いていた通りの男だった。

「巨蟹宮の黄泉比良坂の途中に、変な穴が開いてて、何かしらと思って来てみたら ここに出たのよ。一人で来るのは恐かったから、みんなを連れてきちゃったー」
その説明通り、デストールの後ろから、ぞろぞろと前聖戦時代の黄金聖闘士たちが出てくる。
クロノスが作った時空の歪みが穴を開けたまま、過去と未来を繋ぐ道が閉じられずにいるのだろう。
もちろん、それはクロノスの不注意ではない。
クロノスは、わざと 注意を怠っているのだ。

240年以上も未来の極東の島国の大富豪の私邸の客間。
彼等の世界、彼等の時代とは1ミリたりとも重なるもののない場所で、特段 驚く様子も見せず、ただ物珍しげに周囲を見回しているだけの黄金聖闘士たちの豪胆に、星矢は、今は怒りの気持ちが先に立って、感心することもできなかった。

「どうしたも こうしたも、俺たちの世界、俺たちの時代では、男が30歳まで童貞でいたら妖精になるって言われてるんだよ!」
「それは愉快だ。だが、キリスト教徒なら いざ知らず、享楽的なギリシャ神話の神々の存在を近しく感じている聖域に、そんな妖精がいるとは考えられん」
と、星矢の言葉を笑い飛ばすカインの中には、もはやアベルは存在していないのか。
何も知らずに ノンキな顔をしている前聖戦時代の黄金聖闘士たちを、
「いるんだよ!」
星矢は大声で叱りつけた。
「あんたたちが 揃いも揃って病気持ちで、オデッセウスに苦労ばっかりかけてるから、オデッセウスは 女に惚れる機会もなくて、妖精になっちまったんだ! おまえら、責任を取れよ!」

星矢が天馬に似ているせいで違和感を覚えないのか、はたまた星矢の言葉が衝撃的すぎて、星矢が何者なのかを詮索する余裕を持てなかったのか。
ともあれ、星矢の告発は、前聖戦時代の黄金聖闘士たちの中に、静かだが大きな衝撃を もたらしたようだった。
「俺たちのせいで、オデッセウスが妖精になってしまったというのか……」
前代の黄金聖闘士たちの周囲に、ざわざわと 不穏な空気の揺らぎが生じる。
現代の黄金聖闘士たちに比べれば ずっと仲がよく、連帯意識が強固らしい前代の黄金聖闘士たちは、不安そうに互いの顔を見合わせ始めた。

前代の黄金聖闘士たちは、現代の黄金聖闘士たちに比べれば、責任感にあふれ、良心的な男たちでもあったらしい。
彼等は、
「これまで散々 世話になったんだろ! 責任もって、オデッセウスに 彼女を見付けてやれよ! そんで、何としてもドーテーを卒業させてやるんだ!」
という星矢の言葉に、神妙な顔をして頷き、それから、いたわるように優しく、オデッセウスを取り囲み始めた。

「オデッセウス。いつもすみません。今度、ロドリオ村の娘たちを呼んで、合コンでも催しましょう」
「オデッセウスは美しいですから、娘たちは皆、オデッセウスに夢中になりますよ」
「美容と健康について、一席ぶってやればいい。合コンで いちばんのモテ男は、間違いなくオデッセウスです」
「そうと決まったら、早速 合コンのセッティングに取りかからなくちゃ!」
“オデッセウス=妖精”説が よほど衝撃的だったのか、前代黄金聖闘士たちは、240年以上も未来の極東の島国の大富豪の私邸への好奇心などすぐに忘れ去ってしまったらしい。
『お邪魔しました』の一言も残さず、オデッセウスを取り囲んだまま、彼等は どこかへ(おそらく彼等の時代、彼等の世界へ)帰っていってしまったのだった。

病気持ちだらけだが 仲がよく、妙な団結力で結ばれた前代黄金聖闘士たちの姿の消えた、城戸邸の客間。
「瞬! なぜ逃げるんだーっ!」
窓の外の庭では、まだ瞬を掴まえられずにいるらしい氷河の雄叫びが響いている。

「なんか、世の中、すっげー平和な気がする……」
「秋だからな」
時代によって、場所によって、平和の意味、幸せの意味は異なるものなのかもしれない。
仲間の意味も、そのあり方も。
だが、仲間たちに囲まれているのなら、たとえ 妖精であっても 人間であっても、彼が幸福でないはずがない。
秋の妖精は、赤いモミジと黄色いイチョウでできた衣装を身に着けているのだとか。
静かに深まってきた秋が、まもなく 終わろうとしていた。






Fin.






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