「確かに 俺はかわいそうだ。今まで気付かずにいた」
星矢と紫龍から ナターシャの連絡帳を口頭で受け取ると、子持ちのシンデレラは、実に白々しく、実に堂々と、そう言ってのけた。
いつも通りに無表情で、聞きようによっては深刻に苦悩しているように聞こえなくもない声で。
あげく、
「ナターシャに そんな憂いを抱かせておくわけにはいくまい。瞬、おまえ、これから毎日、ナターシャのいるところで 俺を大好きだと言い、俺さえいれば他には何もいらないと言い、ピンチの時には ナターシャの次に俺を助けるようにしてくれ」
――である。
子持ちシンデレラの あまりの図々しい要求に、国中でいちばん心優しいと評判の王子様も、さすがに呆れたようだった。

「そんな冗談を言っている暇があったら、ナターシャちゃんの不安を消す方法を考えてよ」
「俺は、その方法を提案したつもりだったんだが」
「真面目に!」
瞬に睨まれて、氷河が肩をすくめる。

そんな二人のやりとりを見て、実は星矢と紫龍は、『確かに、氷河はかわいそうなところもないではないのかもしれない』と思っていた。
無論、氷河の提案は真面目なものではなかっただろう。
氷河は 半分ふざけて、 そんな図々しいにも程がある提案をした。
だが、その提案は 確かに、ある程度 ナターシャの不安を軽減する効果を期待できる対応策には なっていたのだ。
しかし、それでも 星矢と紫龍が 氷河ではなく瞬の味方についてしまうのは、瞬が 不真面目な氷河を睨み続けていられない性分の人間だから――だった。

「人が 何をもらえれば喜ぶのかを 考えることのできる人になってほしい――なんて、そんなことを僕が軽率に言ったから、ナターシャちゃんは胸を痛めることになってしまったんだ。早く、何とかしなきゃ……」
瞬は、生じた不都合やトラブルを他人のせいにせず、その責任を自分に帰する。
瞬は、人を責め続けることができないのだ。
冗談であるにしても、自分で自分をかわいそうだと言う男よりは 肩を持ちたくなる――というものである。
「いや、そのこと自体は決して悪いことではないだろう」
「そーそー。ナターシャは ちょっとパパ贔屓が激しすぎるだけなんだよ。こんな男のどこが そんなにいいのか、俺には どうしても わかんねーんだけど」
「ナターシャは、思慮深く、対峙する人間の気持ちを思い遣ることのできる心優しい娘に育っている。ほぼ、俺の理想通りだ」

思慮深く優しく、異様なまでのパパ贔屓。
理想通りに育っている愛娘に ご満悦の氷河は、
「俺が かわいそうな件は、俺が自分で フォローしておく。案ずるな」
と、あまり真面目には見えない様子で、瞬に請け合った。

本音を言えば、瞬には――星矢と紫龍にも――それが 氷河の安請け合いにしか思えなかったのである。
とはいえ、氷河が『俺はかわいそうなパパではない』と言ってナターシャを説得する以外に、この問題を解決する方法があるとも思えない。
少なくとも、それが最も手っ取り早く有効な解決策ではあるだろう。
そう思うから、瞬たちは この件の対応を氷河に一任することにしたのである。
一抹の――もとい、かなりの――不安はあったのであるが。






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