「瞬が、大ピンチのナターシャと氷河を助けてくれたんだって?」 「ウン。ナターシャ、悪者のせいで、マッチ売りの少女みたいに凍えて死んじゃうところだったんダヨ。メーカイに行く前に、マーマが助けに来てくれたヨ!」 「ナターシャ、危機一髪ってとこか。助かってよかった。で? 瞬が大ピンチのナターシャと氷河を助けてくれたから、氷河が かわいそうなことは どうでもよくなったのか?」 『どうして ナターシャちゃんが氷河をかわいそうだと思わなくなったのか、探れるようなら探ってちょうだい』と言って、瞬は夜勤に出ていった。 氷河は もともと“かわいそうな男”などではなく、むしろ恵まれた男で、だからナターシャが氷河を かわいそうだと思わなくなったのは、彼女が正しい物の見方ができるようになっただけ。 そう思っていた星矢は、それでも この件に関する好奇心を抑えきれず、ナターシャに尋ねてみたのである。 “マーマは パパを 強くてカッコいいって信じてるカラ、ピンチの時にも助けに行かないんダネ”という事態は、実際にピンチの時に瞬が助けに来てくれたことで、例外があることがわかった。 が、“マーマは、パパだけじゃなく平和も欲しくて、お仕事が忙しいカラ、毎日 パパに大好きって言ってあげないんダネ”という事態と“自分のことをユーセンできない性格だカラ、パパが最後なんダネ”という事態は、ナターシャの大ピンチ以前と以後で 何も変わっていない。 にもかかわらず、ナターシャは、“パパが かわいそう”という考えを、完全に放棄してしまったらしい。 ナターシャの考えにコペルニクス的転回が生じることになった理由と経緯を、星矢も大いに知りたかったのだ。 氷河が かわいそうな件はどうなったのか。 ナターシャは、星矢に問われたことが(問われたことに答えられることが)嬉しくてならないように、明るい笑顔を作った。 「ナターシャ、マーマに大ピンチを助けてもらったのは嬉しかったヨ。ケド、ナターシャ、パパが ちっとも かわいそうなパパじゃないことが わかったのが、もっとずっと嬉しかったんダヨ」 「氷河が かわいそうじゃないことがわかった? 何でだ?」 「大ピンチのナターシャを助けてくれた時のマーマの小宇宙が すごかったノ。すごかったんダヨ!」 「へっ」 ナターシャは、“小宇宙”という言葉を知っていて、それが どういうものであるのかも、漠然とではあるが 理解しているようだった。 セブンセンシズに目覚めている黄金聖闘士たちと日常的に接しているのであるから、小宇宙の存在を 五感六感で感じ取ることができるようになるのも、さほど不思議なことではない。 ナターシャにとって、小宇宙は空気のようなもの、セブンセンシズは微風のようなもの。 だが、そのナターシャをもってしても、死にかけたナターシャの命を地上に繋ぎ留めておくために 瞬が燃やした小宇宙は、通常の それではなかった――尋常のものとは思えないほど強大で、温かく、そして 雄弁であったらしかった。 「ナターシャ、マーマに助けられて、マーマの小宇宙の中にいて、マーマの小宇宙に ふんわり包まれてた時、マーマがパパとナターシャを とってもとっても大好きだってことがわかったノ。マーマは、パパだけじゃ足りなくて 平和な世界も欲しいけど、マーマの小宇宙は――アノネ、マーマの小宇宙はネ、パパがマーマを好きな気持ちより、もっとずっと強くてあったかくパパを好きだったノ。ナターシャが マーマを好きな気持ちより もっとずっと強くてあったかく、マーマの小宇宙は ナターシャを好きでいてくれた。ナターシャだけじゃ足りないんだケド、パパだけじゃ足りないんだケド、平和な世界も欲しいんだケド、マーマがパパに幸せでいて欲しいって思う気持ちは――パパのより 強くて 大きくて あったかいノ。マーマは、パパとナターシャを すーごくすーごく大好きで、パパとナターシャがいないと、とっても悲しいんダヨ。平和な世界は欲しいけど、でも――」 「ああ、そういうことか」 ナターシャは、瞬に大ピンチから救われた時、瞬が本気で燃やした小宇宙に包まれて、瞬の愛情と平和を願う心を、全身で――心と感性のすべてで――感じ取ったのだろう。 青銅聖闘士だった氷河が、天秤宮で 瞬の小宇宙に包まれた時のように。 そして、特定の人にだけ向けられる氷河の愛の激しさとは異なる 瞬の愛の深さ広さに触れ、それは氷河の愛以上のものだと結論づけないわけにはいかなかったのだ。 パパは“かわいそうなパパ”ではない。 パパは、パパの愛より はるかに広く深い愛で マーマに愛されている――と。 瞬の真の小宇宙に触れれば、ナターシャが その事実に気付くことを知っていた氷河は、わざと ナターシャ危機一髪の場面を設定したのだ。 自分がそれほど瞬に愛されていることを知っているから、氷河には そんな策を弄することもできた。 氷河は時折、恐ろしくクールである。 そして 氷河は、やはり恵まれた男だった。 そう、星矢と紫龍は思った。 瞬の小宇宙に包まれている時の“感じ”を思い出したのだろう。 ナターシャが、これ以上ないほど嬉しそうな顔になり、ソファの上にあったクリーム色のクッションを、ぎゅうっと両腕で抱きしめる。 「パパは、幸せなパパダヨ。おリボンつけて、マーマにあげるヨ。それでマーマが喜ぶと、パパは もっと幸せになって、パパが もっと幸せになると、ナターシャも もっともっと幸せになるんダヨ」 ナターシャは、自分たちの家の“賢者の贈り物”が何であるのかを知ったようだった。 幸せなパパが マーマを幸福にし、マーマが幸福であることが パパを幸福にし、それがナターシャ自身をも幸福にするのだということを。 そういうわけで、ナターシャは、今年のクリスマスには リボンで飾ったパパをマーマにプレゼントすることにしたらしい。 ナターシャは、クリスマスまでに パパに似合う素敵なリボンを見付けるのだと言って 張り切っている。 Fin.
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