栄光の架け橋






氷河が、星矢、紫龍と共に、クリスマス商戦 たけなわの某巨大ショッピングモールに出掛けていったのは、家族や友人に贈るクリスマスプレゼントを買うためではなかった。
まず、氷河には家族はいない。
友人はいるが、その友人たちは クリスマスプレゼントを贈ったり 贈られたりしなければならないような友人ではない。
恋人もいない。
恋人にしたい人はいたが、現時点で その人は氷河の恋人ではなく、また 大変残念なことに、その人はプレゼント(物)に釣られてくれるような人ではなかった。

氷河は一応クリスチャンということになっているのだが、であればこそ、この時期の商業主義丸出しのクリスマスプレゼント合戦に参戦する気にはなれない。
そもそも そんな金があったら、別のことに使う。
氷河が そこに出掛けていった目的は、むしろ逆。
金を使うためではなく、金を得るため。
クリスマス商戦真っ最中の巨大商業施設の配送業務の短期アルバイトの面接を受けるためだった。

この時期、大規模な商業施設の配送センターでは、商業主義丸出しのお歳暮クリスマスプレゼント合戦に参戦した善良な市民たちが購入した商品の配送業務が増え、極端に人手が不足する。
それでなくても 昨今の配送関係企業では、過酷な労働環境が社会問題になり、常勤社員に時間外労働を強要できなくなって、人手の確保が困難になっている。
喉から手が出るほど人手が欲しい企業と、冬休みに突入して“人手”を持て余している生徒や学生。
受容と供給が噛み合うということは、雇用者と求職者の双方を幸福にすることである。

クリスマスプレゼント合戦に参戦していない氷河は(星矢と紫龍も)、今 何としても欲しいものがあるわけではなく、切羽詰まって生活に困窮しているわけでもなかった。
だが まあ、金は ないよりは あった方がいい。金があるのとないのとでは、大袈裟に言えば、人生の選択肢の数が違ってくる――もちろん金がある方が選択肢は増える。
という考えのもと、氷河たちは、人生の選択肢の数を増やすために、クリスマス商戦 真っ只中の某巨大ショッピングモールにやってきたのだった。

氷河たちは、グラード財団の一組織である学校法人が経営するグラード学園男子高等学校に在籍する生徒である。
氷河と紫龍は2年。星矢は1年。
学費免除、衣食住を無償で提供。返済義務は無いが、大人になって成功した暁に 感謝の念を覚えることがあったなら、何倍にして返済してもいい――というグラード財団の特別奨学金を受けている。
グラード財団の特別奨学金制度は、孤児の身からアジア随一の財力を誇るグラード財団を築いた 故城戸光政が創立した奨学金制度で、親のない子供であることが 返済不要の奨学金制度の恩恵を受ける条件の一つとなっている。
もう一つの条件が、“在学中に 何らかのスポーツで 全国一位の成績を残すこと”、もしくは、“偏差値70以上の大学の学部に合格すること”で、半年に1度、その可能性を有しているかどうかを査定し、奨学金継続受給可否の判定が行われる。

住居は、グラード財団総帥の私邸の敷地内にある2階建ての離れを寮として提供されている。
10部屋以上の個室がある寮で 現在 生活しているのは、氷河と星矢、紫龍の他に、1年生の瞬、3年生の一輝の五人。
陸上、水泳、テニス、剣道、アーチェリー、スキー等、種目はそれぞれだったが、全員が1年生の時の全国高等学校選抜大会、全国高等学校総合体育大会、各競技の全国大会で、複数の種目で 既に全国優勝済み。
グラード奨学金受給条件を、全員が1年生のうちにクリアした精鋭揃い。今期は、グラード財団特別奨学金制度 始まって以来の優秀な生徒が揃った奇跡の年と言われている。

ちなみに、瞬は 1500メートル走と3000メートル走、走高跳のジュニア記録を保持しているが、大学の学費及び生活費を出してもらえる学業での奨学金も受けるべく、現在 猛勉強中。
瞬の兄の一輝は、未成年に見てもらえることの方が少なく、そのため配送作業より割のいいバイトにありつけるらしく別行動。
そういう事情で、氷河、星矢、紫龍のメンバーでやってきた巨大ショッピングモールだった。

氷河たちは 孤児ではあるが、困窮しているわけではない――少なくとも、グラードの奨学金を受けられるようになってからは、飢えを恐れたことはない。
奨学金受給の条件は 既に満たしたので、あとは卒業まで 退学処分を受けない程度に真面目に高校生をしていればいい――という気楽な身分。
氷河たちのバイトは、あくまで 報酬も得られる暇つぶしと言っていいようなものだった。
社会貢献とまでは言わないが社会勉強。
奨学金では買いにくいものを買うため。
氷河は、冬休み中も遊ぶことなど考えず勉強をしている瞬を、息抜きに連れ出す際の軍資金にしようと、その程度の使途を おぼろげに考えていた。

だから、氷河は、まさか そんなところで 瞬の姿を見ることになるとは思ってもいなかったのである。






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