「“パパとマーマとナターシャのおうち”駅だ! 帰ってきたヨ!」
窓の外の景色の変化に気付いたナターシャが、歓声を上げる。
“パパとマーマとナターシャのおうち”駅。
ここが、ナターシャの終着駅なのだろう。
この駅のある場所が、ナターシャの“どんな願いも叶う星”。
ナターシャは、自分の願いを、この駅のある星ででしか 叶えることはできないのだ。

瞬たちが “パパとマーマとナターシャのおうち”駅のベランダに降りると、氷河と瞬とナターシャの夢は終わったらしい。
夜空を走る黒い蒸気機関車の姿は 忽然と消えていた。
夢は終わっても、記憶は残っていたが。

瞬たちの眼前に広がっているのは、いつもの東京の空だった。
目視できるのは、せいぜい3等星まで。
今はオリオン座に 最も存在感がある。
アテナと並ぶ処女神アルテミスをも魅了してのけた美青年オリオンは ナターシャの好みのタイプではないらしく、ナターシャは すぐに汽車の姿を探していた視線を、彼女のパパとマーマの方に巡らせてきた。

「アノ……パパ、マーマ、嘘ついてごめんネ。ナターシャは――ナターシャが 傷のないナターシャになりたいって言ったら、パパとマーマが悲しい顔すると思ったノ。ナターシャ、それは嫌だったノ。ナターシャは――」
ナターシャは、パパとマーマの心を思い遣って、その嘘をついたのだ。
優しさから出た嘘を責めることは、瞬にはできない。
唇を噛んで、パパとマーマの顔を見上げているナターシャの前に、瞬は しゃがみ込んだ。

「今年のクリスマスは、おうちでクリスマスケースを作ろう。氷河の“ぐー”くらい大きいマカロンを作って、カマクラにして、マジパンで小さなナターシャちゃん人形を作って、雪みたいに白いクリームを塗ったスポンジケーキ台の上に飾るの。ナターシャちゃんのカマクラケーキにするんだ」
パパとマーマを悲しませたくないという優しい気持ちから嘘をついたナターシャは、マーマが笑顔で語る楽しい計画を聞いて、自分の悲しい嘘のことを忘れたらしい。
彼女は、顔を ぱっと明るくし、大きな瞳を 琴座のヴェガより 乙女座のスピカより きらきらと輝かせ始めた。

「ワア! ナターシャ、マジパン粘土大好きダヨ! マジパンで パパとマーマのお人形も作るヨ! カマクラにはパパとマーマとナターシャが三人で入るヨ」
「じゃあ、ケーキの名前は、ナターシャちゃんとパパとマーマのカマクラケーキだね」
「スゴイ! どんな願いも叶う星まで行かなくても、ナターシャの願いが叶っちゃったヨ!」
「うん」

パパとマーマの笑顔で、ナターシャが悲しみを忘れるように、ナターシャの笑顔で、瞬と氷河も 自分の つらさを忘れられる。
氷河が ナターシャの頭に手を置くと、ナターシャは 氷河の顔を見上げた。
そして、氷河の背後にある夜空の中に、ナターシャは いつのまにか 消えてしまった銀河鉄道の姿を思い浮かべたのかもしれなかった。
「あの お姉ちゃんも、願いが叶うといいナ……」

“あの お姉ちゃん”の正体に気付いていないナターシャには、彼は行きずりの赤の他人である。
そんな人の願いが叶うことを願えるナターシャの心が、瞬は嬉しかった。
氷河に愛されて、ナターシャは優しく幸せな少女に育っている。
氷河の願いは叶っているのだ。

「もしかしたら、ナターシャちゃんみたいに優しくて可愛い女の子に出会って、僕……あの お姉ちゃんは とっても幸せになれるかもしれないよ。幸せっていうのは、いつも人と人の出会いで始まるものだから」
「ソッカー。ナターシャが 優しくて可愛いナターシャでいると、みんなが幸せになるんダネ!」
「ん?」
微妙に話の論旨がずれているような気がしたのだが、それこそが思い違いだと、瞬は すぐに考え直したのである。
その言葉通りに、ナターシャは これから 彼女が出会う大勢の人を幸せにしていくだろう。
その優しい心と可愛らしさで。

「その通りだ。ナターシャは優しく可愛いだけではなく、頭もいい」
優しく可愛いだけでなく、賢さも備えているナターシャに、氷河は得意満面、満足顔。
氷河の嬉しそうな顔が、瞬をも幸せにする。
幸福とは、こんなふうに 繋がり、広がっていくものなのだろう。
耳の奥に残っていた汽車の汽笛の音が、瞬たちの胸に優しく蘇ってきた。






Fin.






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