『そうだね。でも、その日は、良くも悪くも氷河の最高の日になると思うよ。ナターシャちゃんに、氷河より大切な人ができて、氷河の許から巣立ち、その人のところに行く。それが ナターシャちゃんの氷河への いちばんの親孝行で親不孝。ナターシャちゃんに出会って、大人になるまで慈しみ育ててきたことの意味、意義、幸福。ナターシャちゃんの父親としての氷河の すべてが集約される日だからね、その日は』

『氷河は、ナターシャちゃんの結婚には、まず 間違いなく大反対するよ。ナターシャちゃんを誰にも取られたくない氷河は、ナターシャちゃんの彼氏に あれこれ難癖をつけるし、ひどい意地悪をするかもしれない。今から覚悟してて。好きな人ができたら、その人にも 教えておいた方がいい。へたをすると、氷河は ナターシャちゃんに孫ができるまで 意地を張り続けるよ』

パパのすべてを見透かしているマーマの予言は、パパの幸福を願うマーマの祈りでもある。
だから 私は、マーマの予言を実現したかった。
うまくいってると思っていた。
良くも悪くもパパの最高の日を無事に過ごし終えて、私は 少し油断してしまったのかもしれない。
私は、調子に乗りすぎたのかもしれなかった。

「マーマ、赤ちゃんができたの」
パパの最高の日を無事に過ごし終えた1年後、私が報告にいくと、マーマはびっくりして、それから、弾んだ声で、
「氷河が知ったら、何ていうか。あの氷河が おじいちゃんになるなんて」
って言った。
“最高の日”が過ぎても、一人娘を奪った彼に、パパは意地を張り続けていた。
二人の仲は、今も良好とは言えない。
でも、孫ができたら、パパは もう意地を張り続けていられなくなる。
マーマの予言通りに。

マーマの予言から外れたパパの人生、パパの運命を、私は 想像できなかった――想像したくなかった。
私が 大人になって、パパの大反対を何とか乗り越えて結婚し、孫が生まれて、しぶしぶ 気に入らない娘婿と和解。
それがマーマの予言したパパの最高に幸せな人生――幸せな人生。

幸せすぎて、おかしい。
――と気付いたのは、パパだった。
「孫ができるほどの歳になったのに、おかしくないか? どんなに多目に見ようとしても、おまえは20代にしか見えないぞ。小宇宙の作用で アテナの聖闘士が往々にして若作りだといっても、これは異様だ。俺たちは ナターシャに出会った時のまま、変わっていない。ナターシャは大人になったのに」
「……」
マーマも おかしいと気付いた。

「あれから、何年が経ったんだ……? 俺たちは、いつから戦っていない?」
「何年って、20年以上は――あ……」
何かを考えようとすると、頭に霞がかかるんだね、マーマ。
「ナターシャ。おまえは おかしいとは思わないのか。おまえは――」
私だけが大人になった。

パパ。パパ、気付かないで。
この世界の正体。
気付かずに、このまま――このまま、この世界を終わらせて。
このまま、この世界を終わらせられないの?
――それは無理。
無理なことは わかってる。
ナターシャにだって、わかってるんダヨ、パパ、マーマ!

ドウシヨウ。
ナターシャ、涙が止まらないヨ。
夢なのに……これはナターシャが作った夢なのに、どうして こんなに悲しいノ。

「パパ、マーマ、怒らないで」
ナターシャは、小さなオンナノコに戻ってタ。
ナターシャ、頑張ったノニ。
ナターシャ、一生懸命 頑張ったノニ。
これ以上、幸せな普通のオンナノコでいるのは、ナターシャには無理ダヨ、パパ、マーマ!



「ナターシャ?」
「ナターシャちゃん……」
パパとマーマは、目を大きく見開いて、ナターシャを見てた。
小さな女の子に戻ったナターシャ。
もうすぐ命が終わっちゃうナターシャを。

「パパ、マーマ、ごめんなさい。嘘ついて、ごめんなさい。これは――あれは ナターシャの夢ナノ。ナターシャが作った嘘の世界だったノ」
20年以上の時間が、一気に逆戻り。
小さなナターシャ、消えかけてるナターシャを、『これが現実のナターシャ』と認めて、パパとマーマの目は 絶望した人の目になっテル。

「ごめんなさい、パパ、マーマ。ナターシャ、死ぬ前に、パパにオヤコウコウしたかったノ。パパに最高の日をあげたかったノ。ナターシャは、パパが大好きだったカラ。ナターシャは マーマが大好きだったカラ。ナターシャのパパとマーマになってくれて ありがとうって、ナターシャは パパとマーマに言いたかった。ナターシャはパパとマーマが大好きダヨって、パパとマーマに伝えたかっタ。ナターシャは パパを悲しませたくなかったノ……!」

これはナターシャの夢なの。
ごめんなさい、パパ、マーマ。
現実のナターシャは、パパに最高の日を上げられないまま、今 ここで死んでしまうノ。
もうすぐ 消えてしまうノ。
デモ、パパ、マーマ、信じて。
ナターシャは、パパとマーマに出会って、パパとマーマのコドモになれて、世界一 幸せな女の子だったんダヨ!

「ナターシャ!」
「ナターシャちゃんっ!」
パパ、マーマ、ありがとう。
最後の夢、ちゃんと終わらせられなくて、ごめんなさい。
パパ、マーマ、大好き。
パパ、マーマ、大好き。
ナターシャは、パパとマーマが大好きダヨ!






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