12年振りに奇跡の石が与えられた北の国。
この先12年間分の300個の奇跡の石。
1年に25個、1ヶ月に約2個――国の民の食料確保のために、奇跡の石は これから 細かく砕かれて 国外に散っていくわけですが、今 この瞬間だけは、北の国は世界でいちばん お金持ちの国でした。
生贄の儀式の前日までは、北の国は 世界でいちばん貧しい国だったのですけれどね。

たくさんのお金を手に入れた新国王は、これまでの国王とは違う お金の使い方をしました。
12の氏族の長たちを説得して、3年分の石を、前倒しで、国の第一次産業の設備投資につぎ込んだのです。
北の国は、国土が広大で、土地、水、樹木、鉱物、石炭、地熱に天然ガスといった自然の資源だけは豊富でした。
食べ物以外なら、割と何でもあったのです。
しかも、それらは ほぼ無尽蔵。
瞬は、地熱を利用し、熱交換器を大規模展開する施設を幾つも作りました。
更に、温泉のお湯を循環させて、高い気温を維持できる施設も建造。
それらを、国立の大規模農園、大規模畜産施設として 運用し始めたのです。

最初の1年2年は、瞬の計画の成功を危ぶむ声も多かったのですが、奇跡の石を前借りした3年が過ぎるころには、それまで 1パーセント未満だった北の国の食料自給率は、なんと50%を超えていました。
以前は 自国内で食料を生産することを考えてもいなかったとはいえ、たった3年で!
食料を外国からの輸入に依存する必要がなくなれば、北の国は恵まれた国、豊かな国でした。
恵まれて豊かなら、その国は幸福な国――というわけではありませんが、民が飢え死にする心配がなくなるというのは、すごいことなのです。

麦、トウモロコシ等の穀類、根菜、芋類等の農作物、牛、豚等の家畜。
食料の確保を外国からの輸入にばかり頼る必要がなくなると、もともと資源が豊富な北の国では、神に生贄を捧げて 奇跡の石を手に入れる必要もなくなりました。
奇跡の石がなくても、国が立ち行くようになったのです。
12年後、北の国の王の印の石を、瞬は神に返納しました。
瞬は、北の国を王政ではなくしたのです。
同時に、瞬は不死ではなくなりました。

瞬が“とっても賢い王様”と言われているのは、生贄の儀式を切り抜けた機転や、王政を廃止した快挙を称賛してのことですが、それ以上に 不死を捨てるという英断ゆえのことでもあります。
愛する人と共に生き、共に死ぬことを選んだ瞬の賢明を、北の国の人々は――世界中の人々が――讃えたのです。

人間には いろんな人がいて、愛し方も愛され方も様々で、愛で愚かになる人もいれば、賢くなる人もいます。
ですが、愛が大切な人の幸福を願う心であるならば、愛は必ず人を賢くします。
そして、愛し方を間違えさえしなければ、人は必ず幸福になります。
氷河と瞬は、幸福になりました。
幸せに、その命を全うしました。
二人は二人共、とっても賢い王様だったことになるでしょう。
現に、瞬は、北の国では今も、生贄の風習をやめさせ、国への愛と王への愛で 北の国を発展させた賢王と称えられ、瞬の前王である氷河は、“賢王”瞬を見い出し、自身の栄誉より 民の幸福を願って王位を譲る禅譲を行なった聖王と呼ばれています。


奇跡の石は、それ以来 人間世界に供給されることはなくなりました。
奇跡の石は、地上の空気に触れていると、60年くらいで 効力が消えてしまうので、今では、地上世界に 奇跡の石は存在しないでしょう。
北の国の奇跡の石は、人間の長い歴史の中で、“賢者の石”、“エリクサー”、“仙丹”等、国によって異なる呼び名を与えられ、やがて 伝説となっていきました。
今でも時折、不老不死を手に入れようとする大国の支配者や 錬金術師たちが、奇跡の石を探して 北の国にやってきますが、彼等が奇跡の石を見付けられたという話は 未だに聞きません。

そんなものを探すより、リンゴの木を植えた方がいいのに――と、とっても賢い王様たちは 天国で苦い顔をしているかもしれませんね。






Fin.






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