空が怒り狂って 大地を叩き、大地は その痛みに悶え のたくっている。 光が影に切り裂かれ、炎と海の戦いが生み出す 途轍もない量の過熱水蒸気が地上世界を覆っていた。 いったい誰と誰が戦ったのか、その戦いの末に 誰が敗れ去り、誰が勝ち残ったのか。 戦いの経緯と結末を理解している者は、この地上世界に ただの一人も存在していなかったかもしれない。 少なくとも、理解している“人間”は一人もいなかっただろう。 この戦いが何であったのか、それを理解している者がいるとしたら、その者は破壊神だけだったに違いない。 ナターシャにわかっているのは、ものすごく大きな力を持った悪者が攻めてきて、人間が生きている世界を壊そうとしたこと。 パパとマーマが 世界とナターシャを守るために戦い、ものすごく大きな力を持った悪者の ものすごく大きな力のせいで、ずたずたにされてしまったこと。 世界も滅茶滅茶にされ、地上世界に生きている人間は もうほとんど残っていないこと。 たとえ生き残っている人間がいたとしても、彼等は まもなく生きていないものになるだろうこと。 『世界は滅びた』と言っていい ありさまだということ。 ナターシャにわかっているのは、それだけだった。 それ以外に わかることはなかったし、わかる必要もなかっただろう。 世界は滅びようとしているのだから。 生きることの意味、幸福とは何なのか、明日をどんな日にしたいか。 それらのことを考える必要は もうないのだ。 世界は滅びようとしているのだから。 しかし、この世界には まだ、死後の静寂は訪れていない。 「パパ! マーマ!」 世界が壊れる凄まじい轟音と、めまぐるしく変転する光と影の交差。 破壊の音以外の音は聞き取れず、幸か不幸か、強烈すぎる光と影のせいで、壊れていく世界の姿を見てとることも ほとんどできない。 大地が大きく揺れ、立っていることも ままならず――ナターシャは、身体の形を保っていることが困難になりかけていた。 これから どうすればいいのかが わからないから、これから どうすればいいのかを教えてほしいから、ナターシャは パパとマーマを呼んだのである。 壊れる世界に逆らわず、自分も心ごと蒸発してしまった方がいいのか、生きることを諦めず、最後まで もがき苦しむべきなのか。 ナターシャに その答えを示してくれるのは、彼女のパパとマーマしかいなかった。 「パパ、マーマ、どこ !? ナターシャは どうすればいいノ!」 パパとマーマが まだ生きているのかどうか、生きて(あるいは、死んで)人間の形と人間の心を まだ保っているのかどうかすら、わからない。 身体を ずたずたに引き裂かれ、どこかに飛ばされていくのを見たかもしれなかったが、本当に それを見たという確信はない――そんなものは見なかったかもしれない。 ナターシャは、声を限りに叫んだ。 他に できることがなかったから。 ナターシャが迷っている時、悩んでいる時、悲しんでいる時。 これまで いつも、どんな時にでも、パパとマーマは答えてくれたのだ。 ナターシャが選ぶべき答え、ナターシャが進むべき道、ナターシャが笑顔になるための素敵なこと。 パパとマーマは 今日も答えを手渡してくれると、ナターシャは信じていた。 |