パパとマーマが心配していることは、ナターシャも知っていた。
子供が恐い夢を見るのは よくあることだが、そのペースが2、3日に1度。しかも、その状況が もう一ヶ月以上 続いている。
それは普通の健全な子供が恐い夢を見る頻度ではないらしい。

ナターシャの場合、ワダツミだった頃の記憶や影響が残っている可能性を考えると、安易に、恐い夢など見なくなるだろうと楽観視することもできない。
マーマが心配顔で パパに そんなことを言っているのを漏れ聞いたこともあった。
ワダツミというのは、おそらく何かよくない病気か ばい菌のことで、マーマは その病気の後遺症を心配しているらしい。
マーマは、パパが“ニチジョーのコマカイことにはオオザッパ”な分、細かいことに気がついて 心配性なのだ。
パパとマーマの仲間たちは そう言っていた。
マーマに あまり心配をかけないように、ナターシャは、パパとマーマの前では できるだけ元気に振舞ったのである。

とはいえ、意識して そんなことをしなくても――実際 ナターシャは、パパとマーマがいるところでは平気だったのだ。
パパとマーマが側にいてくれるなら、恐いものなどない。
しかし、パパとマーマが側にいることを確かめられない夜は恐い。
恐かったが、嬉しくもあった。
ナターシャが恐い夢を見るようになってから、パパとマーマがナターシャと一緒に眠ってくれるようになったのだ。

パパが夜のうちに帰ってこれない時は、ナターシャが眠りに落ちるまで、マーマが添い寝して絵本を読んでくれた。
パパのお店がお休みの日曜の夜は、ナターシャは パパとマーマの間で 二人と お話をしながら眠った。
パパとマーマとナターシャが一緒のベッドで眠ることを“川の字で寝る”というのだと教えてもらった。
嬉しくて、うきうきしながら眠りの中に歩み入っていくのに、それでも、ナターシャは世界が壊れる夢を見続けた――恐い夢は なくならなかった。
目覚めた時 パパとマーマが側にいてくれるので、目覚めてしまえば恐いことはないのだが、恐い夢は終わらなかった。

救いは、光の中で目覚めて パパとマーマに抱きしめてもらえれば、すぐに恐さを忘れることだった。
目覚めてしまうと、本当に恐くないのだ。
パパとマーマが生きていて温かいから、恐い夢の気分を いつまでも引きずって、気持ちが暗く沈んだままでいることはない。

「風がちょっと冷たいね。今日は公園に行くの、やめる?」
心配性のマーマには、
「ナターシャ、風なんか平気ダヨ! 公園で遊んでると、身体がぽかぽかしてくるヨ!」
元気いっぱいで答える。
笑顔全開、幸せいっぱい。
ナターシャが見続けている夢を思い出さないようにするために、ナターシャが できるだけ楽しいことを考えているようにするために、パパとマーマは楽しくて嬉しいことを、次々にナターシャの許に運んできてくれた。

「そろそろ ナターシャちゃんの春のお洋服を買いに行こうか? 靴も新しいのが欲しいね」
「今日は、氷河に、シェイカーで美味しいジュースを作る方法を教えてもらおう」
「明日は星矢と紫龍が遊びに来てくれるよ。星矢は、ナターシャちゃんと一緒に 美容院ごっこをするんだって。紫龍の髪を、ナターシャちゃんと お揃いの髪型にして遊ぼうって」
「ワーイ、ヤッター!」

目覚めている時には 忘れている恐い夢。
恐い夢も、悪いことばかりではないと、ナターシャは、目覚めている時には思っていた。






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