「あれは使い物にならない。さっさと処分しちまおう。もともと北の海で溺れ死んでいたはずのガキだ。見込みのない奴に 只飯を食わせてやる義理はない。俺たちがしているのは、慈善事業じゃないんだ。成果を出せなければ、意味がない」 辰巳の口調は、まさに“吐き捨てるよう”だった。 『あれ』が、感じやすい心を持つ一人の人間だということに、彼は気付いてさえいない。 辰巳の言う『あれ』が、10日ほど前に城戸邸に連れてこられた金色の髪の男の子を指していることは、瞬には すぐにわかった。 名前は氷河。 城戸邸に集められた子供たちの中で、今 最も注目されている(決して、よい意味での注目ではない)噂の新入りだった。 『北の冷たい海で船が沈みかけたんだけど、救命ボートが足りなかったんだってさ。あいつをボートに乗せるために、母ちゃんだけが沈んでく船に残って、そんで、あいつだけ助かったんだと』 姿も、周囲に漂わせている空気も、他の子供たちとは全く異質。 日本語が わからないわけではないらしいのに、一向に他の子供たちと打ち解けようとしない氷河の事情を、城戸邸の子供たちは皆、憐れみと羨望が複雑に入り混じった目をして語っていた。 “憐れみ”。そして、“羨望”。 言葉は同じでも、親の記憶のない子供と、親に虐待されていた子供と、氷河同様 親に愛されていた子供とでは、その“憐れみ”の内容、“羨望”の内容は、全く違っていただろうが。 『親に愛されていたなら、いいじゃないか』 『虐待されてなかったなら、幸せだろう』 『そんなに長く親と一緒にいられたなんて、羨ましい』 中には、『親の生死がわかってるだけまし』という羨望もあったかもしれない。 『でも、今は、ここの皆と同じ。俺と同じだ』 『これまでがよかった分、今は きついかもな』 『親の死ぬとこ、見ちまったのか……』 中には、『フツウの家の奴等は、いつまでも親が守ってくれるのに、なんで俺たちだけ』という憐れみもあったかもしれない。 瞬は、文字通り、命をかけて母に愛し守ってもらえた氷河の境遇と その幸福を、うっとりするほど羨み憧れ、それほど自分を愛してくれた人を失うなんて(それも、自分のために その命が失われるなんて)、氷河の心は どれほど傷付いていることかと、自分も苦しくなるほど、氷河を気の毒に思っていた。 彼女は どれほど深く氷河を愛していただろう。 そして、氷河も どれほど深く彼女を愛していたことか。 それほど大切な人を、永遠に失ったのだ。 死んでしまった母への思慕に浸ることに夢中で、生きている城戸邸の仲間たちに氷河の目が向かないのは仕方のないこと。 いつか、仲間たちの存在に気付いて、皆と仲良くなってくれたらいい。 瞬は、そう思っていた。 氷河の“処分”についての、辰巳たちの話を漏れ聞くまでは。 人間らしい思い遣りの感じられない辰巳の口調や言葉は、瞬には 大きな衝撃だったのである。 人間を処分。 それが具体的に どういう作業なのかは わからなかったが、わからないことが、瞬の不安を一層 大きくした。 |