折よく、数日後、城戸邸に集められた子供たちは外出をすることになっていた。
桜の名所のCが淵。
もともとは、江戸城に敵が侵入できないように作られたお掘なので、掘の両岸は急な斜面になっている。
そこに、後に桜の木が植えられた。
花の季節には、花の姿がお堀に映り、2倍の桜。
桜の花が散ったあとは、堀の水面を桜の花びらが埋め尽くし、花筏と呼ばれるボートも出る、都内有数の桜の名所である。

花見シーズンを前に、城戸邸に集められた子供たちは ゴミ清掃の奉仕活動をするために、その桜の名所に出掛けていくことになっていたのだ。
(花が咲いていない)桜の名所にピクニックに出掛け、ついでにゴミ拾い。
辰巳は、
「おまえらみたいな奴等でも、世の中の役に立つことを示すんだ」
と言っていたので、ピクニックは名目にすぎず、ゴミ拾いがメインイベントであることは明白だったが。

子供たちを使って、世の中の役に立っていることを示す。
この場合、世の中の役に立っていると、世の中に認められるのは、子供たちではなく、城戸光政個人かグラード財団である。
どちらにしても、強要される奉仕活動。
城戸邸に起居している子供たちは皆、胸中に不満を抱えていた。
それでも、ほぼ軟禁状態の城戸邸の外に出られることは嬉しいので、その不満を言葉にする子供は一人もいなかったが。


「僕、そこの土手で足を滑らせて お堀に落ちて、溺れる振りをしようと思うの。それで、氷河が僕を助けてくれたら、きっと氷河は、自分は人の命を救える人間なんだって思って、自信や生きる気力を取り戻すと思うんだ。助けてくれなかったら……それは仕方ないね」
「デモ、マーマ。今はまだ寒いよ。お堀の水は きっと冷たいよ」
「うん。でも、大丈夫だよ」
「マーマが強いことは知ってるけど、デモ、今のマーマはまだ、ナターシャとあんまり変わらない子供ダヨ」
「けど、よそのマーマに、氷河に助けられるようにピンチになってくださいって、頼むわけにはいかないし」
「それは、正義の味方じゃなく、悪者のすることダヨ!」

ナターシャの言う通りだった。
目的が正しくても、それは許されない。
「それでも、僕は、絶対に氷河に元気になってほしいんだ。氷河のマーマだって、きっと そうなることを願ってる」
だから、瞬は決意したのである。
ほんの少しでも 可能性があるのなら、それを試してみることを。






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