「俺にだって、俺たちの世界が正しいのか 間違っているのかを客観的に判断することはできない。そんなことは考えたこともない。だが、おまえに会えたんだから、俺にとって、この世界は正しい。俺は そう思う。それだけだ」
さすが0点。迷いがない。
瞬は、即座に訂正を求めた。
「正確に言って」
正確に言っても0点は0点のままだが、正確な0点の方が、瞬は好きだった。
「……ムードのない奴だ」
「今は、“正しさ”を求める話をしているんだから、正確さは大事だよ」
指導教員の言葉に、氷河が いかにも しぶしぶといった(てい)で従う。

「俺は、“おまえたち”に会えた。だから、この世界が間違っているはずはないと思っている」
“(0点だが)大変よくできました”の笑みが、自然に瞬の口許に浮かんでくる。
絶対に間違っているし、0点をつけるしかない答えなのに、賛同せずにいられない答えというものが、この世には確かに存在するのだ。
「うん。そうだね。僕たちが出会わない世界だけは、僕も間違っていると思う。何かが狂ってしまった世界だと思う」

後悔はある。
失敗もした。
過ちや誤りなど、それこそ数限りなく 犯してきた。
それでも、仲間たちが こうして会えたのだから、この世界は、少なくとも虚無ではない。
生きてきた意味のない世界ではなかったと思うのだ。
もちろん、生きている意味のない世界だとも思わない。


どの世界、どの時代にも、“正しい”歴史はない
“こうなるべき”世界も選択もない。
“そうだった”があるだけ。
そして、その世界で 今を生きている人間にできることは、未来を選ぶことだけなのだ。

「俺たちが出会わない世界、俺たちが聖闘士にならない世界――そうなる可能性がなかったとは言えない。神でさえ、滅びる世界と滅びない世界があるんだからな。だが、俺は、俺が生まれた世界で おまえに会った。俺が生きている世界は、それだけで、俺にとっては正しい時間、正しい世界だ。そして、俺たちが出会ってからは、俺たちが共に生き、戦い、選び取ってきた時間と歴史。他に どれほど理想的な世界があっても、俺たちが辿ってきた時間、俺たちが築いた歴史でないなら、それは 正しいものじゃない。違っている世界、狂っている世界だ」
「うん。そうだね」

0点の答えを自信満々で言う氷河の胸に、瞬は頬を押しつけた。
自信満々で そう言える氷河と、そんな氷河に 頷ける自分は、幸福な人間なのだ。
しかし、仲間たちに出会えたにもかかわらず、孤独になってしまった夢の世界の瞬は――。
正しいと思えるがゆえに、氷河の答えは あの瞬には受け入れ難いものかもしれない。
その考えを 瞬は 言葉にはしなかったのだが、氷河は、瞬が言葉にしなかった呟きを ちゃんと聞き取ってくれた。
鈍感と評されることが多い割りに、こういうことでは、氷河は鋭い。

「出会うことはできたんだから、その世界の俺も、おまえを愛したに決まっている。おまえに命を奪ってもらえたのなら、その世界の俺は本望で、決して誰も恨んでいないと思うぞ。無論、一輝も星矢も紫龍も」
瞬の夢の世界の瞬のための言葉。
その言葉は、あの瞬の心に届いているだろうか。
「生きていようが 死んでいようが、俺たちが おまえに望むことは、おまえが正しいと思う未来を選び続けてくれることだけだ。打ちのめされ嘆くのは、ほどほどにして」
「ん……うん」

0点なのに、悲しいほど切なく優しい答え。
“氷河”として、“瞬の仲間”として、生きている世界は異なっていても、それは“氷河”に共通した答え、“瞬の仲間たち”に共通した心なのだと思う。
そして、生きている世界が違っていても、“瞬”なら、仲間たちの心はわかるはず。
あの孤独な瞬も、わかっているのだろう。
本当は、ちゃんとわかっているのだ。
わかっているのだと、瞬は思った。
ただ、仲間の口から、仲間の思いを直接 聞いて、自分が“わかっている(と思っている)こと”が事実であることを確かめたかっただけで。

「聞こえたかな。今の言葉」
確かめるには、もう一度 眠りに就いて夢の世界に向かうしかないか――と思ったところに、紫龍から連絡が入った。

「瞬。氷河。アイスランドのグリムスヴォトン湖で 氷河湖決壊洪水が発生し、大規模噴火が起きている。アテナは、エレボス神の力が働いているのではないかと案じている。行けるか」
「一輝は」
「一輝は、寒いところは管轄外だと言って、参戦拒否を連絡してきた」
「聖闘士失格だな」
黄金聖闘士に、これは もはや出動要請ではなく 出勤命令である。
「僕が行くよ。今日は準夜勤で、病院には夕方からだから」
「瞬が行くなら、俺も」

話が決まったので、瞬と氷河は素早くベッドを出た。
光速移動が可能な聖闘士は、身支度を整えることの方に時間がかかる。
が、さすがに、人間が住んでいる場所に全裸で出勤するわけにはいかない。
早目に起きて、身支度と朝食を済ませておけばよかったと、瞬は 今朝の自分の選択を後悔した。
今日は、朝食は抜きである。

「きっと、あの夢の中の僕は、こんな戦場に出勤するサラリーマンみたいな日々を送ってはいないと思うよ」
「だろうな」
「羨ましい?」
「どんな世界にも 完璧はないさ。行くぞ」
「うん」


正しい世界に焦がれている孤独な僕。
多分0点だと思うけど、これが僕と氷河の答え。
僕たちが出会えた世界は正しい。
少しでも、君の心が癒されるように祈ってるよ。

そう思い、思った心を寝室に残して、瞬は氷河と共に慌ただしく 今日の戦場(オフィス)に向かった。






Fin.






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