「氷河? なに笑ってるの?」
「パパ、ナニ笑ってるノ」
公園のベンチに腰掛けて、飼い馴らされた犬の散歩の様子を眺めていた俺に、瞬が尋ねてくる。
ナターシャが瞬の言葉を繰り返すのは、瞬と同じことをしていれば 俺に好かれると、ナターシャが信じているからだ。
決して間違った認識ではない。

あれから20年以上の時が流れたのに、瞬は相変わらず綺麗で可愛い。
あの頃は、この可愛らしさにばかり目が行って、瞬が実は恐ろしく頭がいいことに、俺は気付いてもいなかった。

「ん? いや。『信じる者は救われる』というのは、誰の言葉だったかと思ってな」
「マルコによる福音書でしょう――マタイだったかな。実際に見ていなくても、イエスの復活を信じられる者は幸いである」
「ああ、そうだった」
イエスの復活同様、『好き』という感情は、目に見ることはできない。
だから、信じた者勝ち。
信じた者だけが幸せになれるんだ。

俺は、あれ以来、誰の『好き』も疑ったことがない。
優しい人の『好き』も、可愛い人の『好き』も、嫌いな奴の『好き』も、もちろん。
おかげで、かなり幸せな人生を送っている。






Fin.






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