そうして、僕は、アテナの聖闘士アンドロメダ瞬として、日本に帰ってきたんだ。
同時に、別人としても。
桁違いの金があれば、戸籍を作ることも、自分以外の人間のパスポートを発行することも、銀行に口座を作ることも、驚くほど簡単にできた。
行方不明者や死人になりすます方法もあるらしいけど、お金があれば、架空の人間を作り出すことも容易だった。

アテナの聖闘士としての力と 桁違いの資産があれば、社会的権威も 政治的権威も 反社会的勢力も――僕には 恐いものは何一つなく――やっぱり、あの頃は、聖域が送り込んでくる刺客がいちばん恐かったかな。
それと、“アテナの聖闘士として 僕と同等の力を持っているから”ではなく、僕を恐れない者たちだという意味で、僕は僕の仲間たちが恐かった。
僕は、僕の仲間たちに嫌われたり軽蔑されたりするのが恐かったんだ。
僕は僕の仲間たちが大切で、大好きだったから。
僕がアンドロメダ島の財宝のことを 仲間たちに打ち明けなかったのは、そのせいだと思う。
『5兆円の資産がある』なんて言ったら、きっと星矢や氷河は 僕を軽蔑する。
どんな根拠もなく、僕は そう思った。


日本に帰国して まもなく―― 一人でも不幸な子供を減らしたいっていう、僕の望みを叶えるために何かをしたいと 気負っていた僕は、孤児でも 経済的な不安がなければ 幸福になれるだろうかと考えて、僕と兄さんが 城戸邸に来る前に身を寄せていた施設に、試しに1億円を寄付してみたんだ。
出どころが わからないように、クレジット決済で。

お金が1億円あったら、建物の建て替えは無理でも、子供たちの衣服や食事くらいはよりよいものになるだろう。
衣食が豊かになれば、心に余裕もできて、人の優しさを信じることができるようになり、つらい思いをした子供たちも 幸せになってくれるかもしれない。
僕は、そうなることを期待した。
でも――。
1ヶ月後、3ヶ月後、半年後――戦いの合間に様子を見に行ったけど、施設の子供たちは 何も変わっていなかった。

本当に何も変わらなかった。
子供たちの衣服が新しいものになることも、栄養が行き渡って 血色がよくなることも、破損していたフェンスが修理されることもなかった。
子供たちの表情から、寂しさや翳りが消えることもなかった。
僕の寄付金はどこに消えたんだろうって、僕は当惑したよ。

そして、僕は知ったんだ。
僕自身 もしくは、よほど強く高い志を持った人が代表者になって、NPO法人を立ち上げ 活動を開始するのでない限り、不遇な子供たちを助けることはできないんだっていうことを。
善意の寄付金なんか、大人たちの手に渡ったら、あっというまに どこかに消えてしまう。

そのことがあってから、僕は、お金の使い方がわからなくなった。
何のためにアンドロメダ座の聖衣に、こんな おまけがついてきたのかが わからなくなった。
慈善のためでなかったら、戦うため?
僕みたいな立場に置かれたら、他の人たちは どう振舞うんだろうと思って、前例を参考にしようと思ったんだけど――。
今の自分の状況に いちばん似た人として最初に思い当たったのは、大デュマが著した物語(当然、創作)の登場人物――モンテ・クリスト伯だった。

無実の罪を着せられて 送られた孤島の牢獄で、試練に耐えたあと、巨万の富を手に入れたエドモン・ダンテス。
彼は、その巨万の富を、彼を無実の罪に陥れた者たちへの復讐に用いた。
自ら望んだわけでもないのに 絶海の孤島に送られ、試練を課せられ、巨万の富を得て、故国への帰還を果たす。
モンテ・クリスト伯の身の上は、まさに僕の身の上だ。
でも、僕には、僕に そんな運命を強いた人たちに復讐したいと思う気持ちは湧いてこなかった。

城戸翁は、確かに、多くの子供たちの人権を無視し、その人生を捻じ曲げてくれたけど、既に鬼籍に入っている。
幼い頃、僕たちを人間として扱ってくれなかった辰巳さんを始めとする城戸邸の大人たちは、結局 城戸翁の指示に従っていただけだったし、当時 僕たちと同じように子供だった沙織さんに どんな罪や責任を負わせることができるだろう。
もちろん、聖闘士になるための修行は つらかったし、苦しかった。
僕は命を落とすかもしれなかった。
兄さんは命を落とすかもしれなかった。
でも、僕は、復讐の念を抱くほどには、誰も憎んでいなかった。

モンテ・クリスト伯と僕は、その身に起こったことは ほとんど同じだったけど、決定的に違うことが一つあった。
たった一つの大きな違い。
それは、僕は信じていた人たちに裏切られたわけじゃなかった――ということだ。
僕が 信じていた人たちは、兄さんも星矢も紫龍も氷河も、常に変わらず 信じるに足る仲間たちで――僕は誰からも裏切られていなかった。
デスクィーン島で兄さんが死んでいたら、また話は違っていたかもしれないけど。

城戸邸に集められて 修行地に送られた100人のうち、帰ってこなかった90人に関しても――僕は、彼等のことを調べてみたんだ。
彼等は聖闘士になるための修行から脱落もしくは逃亡しただけで、死んだわけではなかった(修行とは無関係に、病気で死んだ子供が一人だけいた)。
復讐どころの話じゃなくなって――僕は、何かもう、笑うしかなかった。
世界各地の修行地に送られた100人の内、病気や不慮の事故以外で死ぬ可能性があったのは、僕と僕の兄さんだけだったんだ。
僕と兄さん以外の子供たちが送られた場所は、何はともあれ、一般人が普通に暮らしている場所だった。






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