その日、氷河と瞬が いつもの月曜の朝より少し遅く――といっても、10分ほどだが――寝室を出ると、いつもは目覚めていても 氷河か瞬が起こしにくるのをベッドの中で待っているナターシャが、着替えも済ませてリビングのソファに座っていた。
氷河と瞬の姿を認めると、ぱっと明るく瞳を輝かせる。

「パパ、マーマ、おはようダヨ!」
「おはよう。どうした。一人で起きたのか」
「ナターシャちゃん、おはよう。どうしたの? 目が覚めちゃったの? 夕べはちゃんと眠れた?」
「ナターシャ、ちゃんと いっぱい眠ったヨ。あのネ! あのね、ナターシャ、昨日、寝る時に、大の字は大好きの大だってことに気付いたんダヨ! それで、そのことを パパとマーマに教えたくて、ナターシャ、一人で早起きしたノ。眠ってる間に忘れなくて よかったヨ!」

パパと一緒に作る大の字は、大好きの大だということに気付いた。
そのことを、パパとマーマに教えたくて、一人で早起きした。
朝の光の中、ナターシャは 得意顔で 彼女のパパとマーマを見上げている。
「そうか……」
こんなふうに、ささやかな ありふれた幸福のエピソードが 切ないほど胸に染み入るのは、この幸福が多くの人の愛と犠牲によって もたらされたものだからである。

「それは とっても大事で 大切なことだよ。ナターシャちゃん、よく気付いたね」
大の字をまぶして 瞬が褒めると、ナターシャの得意顔は、はち切れそうな満面の笑みになった。
そんなナターシャを、氷河が抱き上げる。
パパからは褒めてもらえなくても、抱っこしてもらえれば、ナターシャは それで大満足。
パパは、幸せな時は、その幸せで 胸がいっぱいになって言葉が出てこなくなるということを、ナターシャはマーマから聞いて知っていた。

『そんな時は、ナターシャちゃん、何も言わずに氷河を ぎゅうっとしてあげて。ナターシャちゃんに 何か言われると、氷河は ますます嬉しくなって 泣き出しちゃうかもしれないから』
マーマに言われている通り、ナターシャは何も言わずにパパの首に しがみついた。
氷河が無言で、ナターシャの背を撫でる。
そうして また、新しい幸福な一日が始まるのだ。






Fin.






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