『 DELIVER.COM 』――デリバー ドットコム。 氷河も気になっていなかったわけではない。 それは、氷河が代表を務める『 DELETE.COM 』――デリート ドットコムのWeb広告の隣りに必ず広告が表示される会社だったから。 つまり、デリバー ドットコム社は、『遺言』、『遺産』、『相続』、『死後』、『始末』、『整理』、『処分』といった言葉でWeb検索を行なった人間のパソコンに表示されるよう、設定されている法人なのである。 氷河のデリート ドットコム社と同じように。 一度、その業務内容を確認するために、デリバー ドットコム社のサイトに行ってみたことがある。 依頼者の死後、指定された物を 指定された人に届ける――というのが、デリバー ドットコム社が提供するサービス内容。 届ける物は、手紙や贈り物、伝言、デジタルデータ、その他 どんな物でも応相談。 サイトのトップ画面には、法人名より大きなサイズで、だが、いかにも優しく囁きかけるような印象のフォントで、『届けたい思いはありませんか』という文言が記されていた。 つまり、デリバー ドットコム社は、氷河のデリート ドットコムとは真逆のことをする会社だった。 氷河が経営するデリート ドットコム社の業務内容を、このフレーズになぞらえるなら、『消したい記録はありませんか』となるのだから。 『死後、“届けたい大切な思い”を第三者に託すという危険を冒し(しかも、金をかけてまで)届けたい物があるのなら、なぜ それを生前、自分で届けないのだ?』と思うのだが、それを言ったら、氷河の仕事も、『死後、“消したい重要な記録”を第三者に託すという危険を冒し(しかも、金をかけてまで)消したい物があるのなら、なぜ それを生前、自分で消し去っておかないのだ?』と問われることになる。 世の中には 色々な事情を抱えた人間がいるのだ。 それは、人の死後 その人間が生きて存在していた痕跡を消す仕事をしている氷河自身、重々 承知していた。 ともあれ、以前から 気には なっていたのだ。 自分の会社と“似て非”というより“似て真逆”な仕事を請け負っている、デリバー ドットコムなる会社のことは。 そのデリバー ドットコム社の代表を名乗る人物から、氷河の許に、 「お会いしたいのですが」 というメールがあったのは、繁忙期には まだ少し間がある10月のある日(日本人の死亡者数は 12月から2月までの冬期に増える傾向がある)のことだった。 同業他社なのか異業類似社なのか、分類の難しいデリバー ドットコム社。 気にはなっていたが、その経営者に“お会いしたい”と思ったことはない。 代表取締役だろうが、平社員だろうが、派遣社員だろうが、つまりは 相手が誰であっても、氷河は デリバー ドットコム社の人間に“お会い”したくはなかった。 なぜなら、氷河は、人付き合いが非常に苦手な男だったから。 氷河が実店舗を持たずにオンライン専業企業を営んでいるのは、それが流行りだからでも 経費削減のためでもない。 クライアントと直接会わないため。 ただ それだけなのだ。 伝えたいこと、知りたいことがあるのなら、メールで十分ではないか。と、氷河は思った。 そう思ったのに、氷河が デリバー ドットコム社の代表と“お会い”することになったのは、氷河のデリート ドットコムの出資者、100パーセントの株式を持っているグラード財団総帥 城戸沙織の勧め(ほぼ命令)があったからだった。 グラード財団総帥といっても、城戸沙織は まだ十代の少女である。 財団を継がせるために、財団創始者 故城戸光政が養女に迎えたと言われている少女で、そのため、光政亡き後、僅か13歳だった彼女が財団総帥になることを 誰にも止められなかったという いわくつきの、財団の絶対支配者。 彼女の財団支配が 破綻なく続いているのは、彼女が 財団の中核事業(ということになっている)貿易・物流部門や不動産部門には全く口出しをせず、新規事業の立ち上げのみに熱心だから。 つまり、財団内の重鎮たちが既得権益を侵されずに済んでいるから――と言われている。 事実もそうだろう。 しかし、そういった、言ってみればレガシー部門が、沙織の総帥就任後に創設された新規事業(主にネット関係)の成長に押され、財団内での発言力を弱めているのも事実である。 沙織は、光政死後、僅か3年で、財団の純資産を1.5倍に増やした。 光政が見込んだ通り、彼女は やり手――しかも、尋常ならざる 剛腕の持ち主だったのだ。 彼女は、見込みがあると判断した事業への投資を惜しまなかった。 見込みなしと判断した際の見切り方にも、容赦はなかったが。 その沙織が、氷河のデリート ドットコムの事務所(社員は氷河一人きりの、いわゆる一人株式会社の小さな事務所である)にやって来て、言ったのである。 氷河のデリート ドットコムは、売上高は 当初の予算の3倍を超え、業績は上々だが、成長率は ほぼ横這い。この3年間の成長率は0。 対照的に、デリバー ドットコムは、売上高は、氷河のデリート ドットコムの半分に過ぎないのだが、成長率は年20パーセント超。着実に成長している。 今のまま、会社の管理運営に いかなる改善も加えず 手をこまねいていると、2年以内に、両者の業績は逆転するだろう――と。 だから、成長のコツを聞いてきなさいと、沙織は氷河に厳命したのだ。 100パーセント株主様に、起業社長とはいえ雇われ社長にすぎない氷河が逆らえるはずがない。 氷河のデリート ドットコムが、資本金や成長率の問題はともかく、経費の50倍の利益をあげることができているのは、バックにグラード財団という 決して倒れることのない信用があるからなのだ。 もともと気になってはいた相手。 氷河は、沙織の勧め(命令)に従い、デリバー ドットコムの代表に“お会い”してみることにしたのだった。 |