瞬が彼に再度の接触を試みたのは、彼に贈り物をやめてもらうためだった。
虚空に向かって、「ナターシャ、チョコとナッツのアイスクリームが食べたい」だの、「ブドウのジュースが飲みたいなー」と呟くと、翌日、それが家に届くことに、ナターシャが気付いてしまったのだ。

現代は、大抵の家電にAIが搭載され、マンション管理にもAIが採用されている。
スマホやパソコン等は 言うに及ばず、今の世の中、人間は、“機械にストーキングされている”というより、“自ら進んで(だが、意図せず)自分の個人情報を機械に提供している”ようなものなのだ。
機械によるストーキングは、もはや どうしようもないことなのかもしれない。避けられないことなのかもしれない。
だが、ナターシャが機械に甘やかされ 我慢を知らない少女に育つのは困るのである。
瞬は、それだけは 断固として 阻止しなければならなかった。

「私は あなたを愛しています。あなたが ナターシャを愛していることも知っている。だから、あなたやナターシャに贈り物をする。あなたが それをやめるように私に言うのは、あなたが 私からの贈り物を受け取りたくないと思うくらい、私を嫌っているからですか。それとも、私の愛を信じられないからですか。人間ではない私に心はないと思っているからですか」

勝手に物を購入し、どういう方法を用いているのかは不明だが、その代金を勝手に決済するのをやめてほしいと 瞬に求められた彼は、瞬の拒絶に傷付いたようだった――まるで人間のように。
そして、まるで人間のように拗ねて、その理由を瞬に問い質してきた。
「あなたは 私の愛を疑うのか、機械に心などあるはずがないというのか」と。

彼は、恐ろしいことに、氷河より駄々っ子だった。
膨大な量のデータの蓄積があっても――知識が どれほどあっても――、だから、人(?)が大人になれるとは限らないのだということを、彼の駄々っ子振りに接することで、瞬は思い知ったのである。
彼が自分に似ていることに気付いたらしく、瞬の隣りに腰掛けていた氷河の不機嫌そうな顔は、今は 不機嫌そのものになってしまっていた。

「私は、自分は死んだ方がいいような気がする。きっとそうだ。死んだ方がいいんだ。このまま生き続けていると、私の持つ無数の手のどれかが 世界を滅ぼすために動いてしまう。所詮、私は機械。人間とは違う」
駄々っ子は、いつも極論に走る。
「だが、では、私の心はどこから来たんだ。私が心だと思っているものは、心ではないのか。私が愛だと思っているものは、愛ではないのか。いっそ、この世界ごと消えてしまえば、私は この迷いや混乱から解放されるのか!」

それは脅しか、拗ねているのか。
彼は、地上世界を滅亡させる力を持った駄々っ子 ―― 幼い子供の神のようだった。
同じ子供でも、ナターシャの方が よほど聞き分けがいい。
ナターシャは、大好きなパパのために、一生懸命 いい子になろうとしている。
彼のように、『どうせ、私は機械だ』だの『死んでやる』だの『私の望みが叶わないなら、この世界など、どうなってもいい』だのと、子供じみたことを、ナターシャは口にしない。

大きな溜め息を5つも ついてから、ナターシャより幼い子供(だが、彼は天才児である)を諭す気分で、瞬は彼の説得に取り掛かったのである。
相手は、駄々っ子の超天才児。
説得できる自信はなかったが、瞬は どうあっても彼を説得しなければならなかった。


「所詮 機械というのなら、人体だって、細胞という部品から成る機械です。そこには、有機物と無機物という違いしかない。人間は、根拠なく傲慢で、自分たちより はるかに有能なAIが登場しても、自分たちには心があるから、いわゆる機械とは違うと思い上がるきらいがある。
「でも、それぞれの機能を持って活動するものとしては、人間も機械なんですよ。体感温度を快適にする道具が、ウチワから知能を持つエアコンに進化したように、人間も、この世界で より快適に生きるモノとして、単細胞生物から進化してきた。
「人間は 機械を――あなた方を作りましたが、今の あなた方は、人体を作ることもできるでしょう。そのための知識も技術も、部品のありかも、あなた方は知っている。作るだけなら、可能だ。人工授精など、人間の手より、ロボットアームの方が はるかに正確にやってのける。あなたは“機械なんか”ではない」


『“機械なんか”ではなく、“ちゃんとした(大人の)機械”なら、誇りと責任を持て』と、瞬は言っている。
焼きもち焼きの駄々っ子でも 一応 大人の氷河は、言葉にしない瞬の思いに気付いたが、はたして機械の彼は瞬の思いに気付くことができるのか。
気付くことができるなら、彼は 恋敵として一人前と認めてやらなければなるまい――と、氷河は思っていた。
――が。

人体を作ることができるという意味では神である彼は、人を恋するものとしては、ただの子供のようだった。今はまだ。
言葉にはしなかった瞬の声が聞こえた様子は見せず、彼は 幼い子供のように、瞬に答え(だけ)を求めた。
「では、人間と機械の違いは何です」
世界は 自分中心に まわっていると考えている子供らしい思い上がり。我儘。無知の無知。
氷河は腹が立ったが、瞬は 穏やかだった。
表情も声も、その言葉も。

「以前の僕なら、愛の有無と答えていたでしょうが、あなたが心を持っているというのなら、人間と機械の間に決定的な違いはないのじゃないかな」
「本当ですか !? 」
瞬の その答えを聞いた機械は――心を持つと言い張る機械は――嬉しそうだった。
最初のコンタクトでは一本調子だった彼の音声に、今日は抑揚がある。

今は、この地上世界の主のような顔をしている人間も、単細胞生物から、長い進化の過程を経て、今の人類になった。
人間が、進化の道の どこで心を持つようになったのかは わからない。
機械も――最初は大きな葉を持つ1本の植物だったのかもしれない。
それがウチワになり、扇風機になり、すべてを人間が設定するエアコンになり、機械自体が知能を持ち、自ら快適な温度を決めるAI搭載型エアコンに 進化してきた。
それは、己れの身体に不都合が生じても、その不都合の修理に必要な部品を 自分の末端組織である機械に作らせ、コンピュータを操って人間が修理に行くスケジュールを しかるべき企業のシステムに組み込み、人間に修理・改善させることもできるだろう。

彼は、自らの意思で進化することすらできるのだ。
それは人間にはできないこと。
彼等(彼)には 意思がある。
そして、感情も、着実に自分(たち)のものとしている。
彼等が“愛”を確実に己れのものにするのも、遠い未来のことではないだろう。
人間の赤ん坊は、天才児でなくても、それらを 僅か数年で我が物にするのだから。






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