「マーマ!」 デスマスクと共に、瞬が現世に戻ると、ナターシャが瞬に飛びついてきた。 華の死から7日。 『ちょっと あっちの様子を見てくる』と言って、デスマスクが 消えたのは、都立 光が丘公園。 そのデスマスクを追って、瞬が“あっち”に行ったのも、都立 光が丘公園。 戻ってきた場所も、もちろん 都立 光が丘公園。 誰に見られても、誰も その現象を信じないので、最近 デスマスクは 次元移動や光速移動程度の非常識行動を したい放題に行なっていた。 そして 氷河は、氷河自身も デスマスクと同レベルで非常識行動を繰り返しているくせに、自分以外の人間がそれをすると 渋面を作り苦言を呈する、質の悪い“自分のことは棚上げ”クレーマーである。 もっとも、今回に限れば、氷河が渋面を作っている原因は、デスマスクの振舞いが非常識で危険なものだからではなく、彼の行動が無礼で 分をわきまえておらず、しかも水瓶座の黄金聖闘士の権利を侵害するものだから、だった。 その点を しっかり心得ているナターシャは、こっちの世界に戻ってきたマーマに、パパが言いたくても言えないことを明確に伝え、マーマと そのお友だちに注意を促してやるのである。 「あのね、マーマ。この頃 マーマが蟹のおじちゃんと いっぱい仲良くしてるカラ、パパはご機嫌斜めなの。マーマは、パパとナターシャといちばん仲よしでないとだめなんダヨ」 パパのゴキゲンのためなら、マーマの浮気防止にも 積極的に尽力するナターシャ。 パパの幸せのためなら、ナターシャは自分の命も惜しまない。 それほど、パパが大好きなナターシャ。 氷河も、ナターシャを心から愛している。 華は、死んでも、鎮の側にいたかったのだろうか。 氷河は、ナターシャの側にいるために、ナターシャの生を望んだ。ナターシャが生きていることを望んだ。 “愛する者が生きていること”を望めるのも、もしかしたら 恵まれた境遇にある者だからこそ望み得る幸運なのかもしれない。 氷河からの伝言を届けに来たナターシャの前に しゃがみ込み、視線の高さを彼女のそれに合わせて、瞬は彼女に訊いてみた。 「ねえ、ナターシャちゃん。ナターシャちゃんは、氷河と一緒にいられなくなったら、どうする?」 「ナターシャ、パパと会えなくなったら、寂しくて死んじゃうヨ。だから、ナターシャはずっとパパと一緒にいるヨ」 「そっかー。ナターシャちゃんは、氷河に会えなくなったら、寂しくて死んじゃうのか」 会えなくなると、寂しくて死ぬ――寂しさゆえに死ぬ。 人は、寂しいと 心が死んでしまうのだろう。 華が 肉体の死を選んだのは、まさに、寂しさゆえに死なないためだったのかもしれない。 死なないために、彼女は 死を選んだのだったかもしれない。 否、彼女が選んだのは、死ではない。 彼女は、“鎮と共にいること”を選んだのだ。 彼女は本望だろう。 そして、もちろん幸福だろう。 瞬は、そう思うことにしたのである。 愛の形は 人の数だけある。 黄泉比良坂は、まだ消えていない。 Fin.
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