[ 何だか不安定そうな目。
10歳くらいかな。
どうして、こんな子供が、王宮の訪客控室に 一人だけでいるんだろう?
しかも、平日の昼日中。
学校は お休みなのかな?
こんな小さな子が、こんな目をしてちゃいけないよ ]


え? 僕のこと?
僕のことを言ってる?
瞬が――僕を見てる。
グラードの視察団の他のメンバーはみんな、ルリタニア王国の次期国王と目されている若きプリンスたちを見てるのに。

ここにいることを気付かれぬように、部屋の隅っこに 隠れるように立っていたのに。
僕の目が“こんな目”って、いったい僕が どんな目をしてるっていうんだ。
地味で生気のない目をしてるはずだよ。
双子王子たちとは逆に、目立たぬよう目立たぬよう生きてるんだから。

[ あれ? 今、この子、僕を見た? ]

しまった、気付かれた?
注視していたことを悟られないよう、視線を流したつもりだったのに。
それも、半分 顔を伏せて。

[ 氷河 ]

声に出して呼んだわけじゃないのに、氷河は、自分が瞬に呼ばれたことに気付いた。
そして、氷河も僕を見る。
「ん?」

[ 何だ?
あのガキがどうかしたのか?
ああ、そうか。
瞬にしてみれば、小学生くらいのガキが、日中、学校にも行かず、こんなところに無為に立っていたら、それだけで 気になる存在なわけだ。

[ 10歳くらいか?
ルリタニアの王宮の控室にいるんだから、政府関係者なんだろうか。
小学生の政府関係者? 何だ、そりゃ。そんなものがいるわけがない。
むしろ、王室関係者か?
ペイジとか、騎士見習いとか。
ガキのくせに、油断ならない目をしている。
だが、こういうガキは、往々にして 物をよく見ているもんだ。
あの双子の馬鹿王子共よりは利口そうだな。

[ 俺たちがナターシャを連れてくることを事前に知って、ルリタニア側がナターシャのエスコート役でも用意してくれていたのか?
少し印象は暗いが、悪くはない。
あの双子王子共のように、自分はイケてると勘違いもしていないようだし、派手ではないし、美形でもないが、いいツラをしている。
しかし、ナターシャのお相手としてはどうかな。
ナターシャは、男は 俺と比べるから、見る目は厳しいぞ ]


美形でなくて悪かったな。
この男に比べたら、我が国ルリタニアに美形は一人もいないだろうに。
まあ、そういう意味では、ペテルギウスとリゲルが この男と顔を合わせた時の顔が見ものだな。
あの馬鹿共は、グラード財団の視察団メンバーに会わないつもりなのか?

グラード財団は、我が国の未来がかかった一大プロジェクトの大事なパートナーだぞ。
その大事なパートナーを、こんなところで待たせて、自分たちは観光パンフレット用の写真撮影。
観光業も我が国の外貨稼ぎの大事な柱の一つだけど、どうせ観光用に王宮の写真を撮るなら、冬場は、花のない庭より室内の方がいいだろうに。

[ パパとマーマは、誰を見てるの
あのカーデンの脇?
あれ、大人じゃない子がいる。
パパとマーマが気にしてる。
お行儀いい お兄ちゃんダヨ。
もしかして、沙織さんが言ってたカッコいい王子様って、あのお兄ちゃんのことだったのかな。
でも、あんな隅っこにいるのは、王子様じゃないからなのかな。
お城にいる人が みんな王子様とは限らないヨネ。

[ でも、あのお兄ちゃんは、タルくもダルくもなさそう。
お利口そうダヨ。
姿勢もいい。マーマが褒めるくらい。
優しい お兄ちゃんカナ。ナターシャの方、見ないカナ。
笑わないカナ。
笑わなくても、笑わない方がパパみたいでカッコいいヨ。
うふ。ナターシャ、この王子様となら、お友だちになりたいナ。
王子様じゃなくても、お友だちになりたいナ ]


見る目の厳しいナターシャちゃんは、意外と僕のことを気に入ってくれたみたいだ。
氷河が知ったら、怒髪天を衝きそうだな。

それにしても、何なんだ、この三人。
僕を見てる――僕を見てくれてる。
なぜ僕なんかを見るんだろう。
見るな。僕を。

[ ああ。やっぱり、気になる ]

瞬が、僕の方に歩いてこようとしてる。
逃げ場がない。
ないことはないけど、ここで 逃げたら不自然だ。
それでも逃げるべきだろうか。

瞬には悪意はない。
瞬は、学校に行っているべき年頃の子供が、こんな場所、こんな時刻にいることを奇異に思い、案じているだけ。
事情を問われたら、僕は事実を正直に答えればいいだけだ。
恐れる必要はない。
僕は何を恐れているんだ。
瞬に――瞬の中に どんな汚れも見付けられないことを?
僕は、瞬の清廉を恐れているのか?
瞬が 罪を犯した者に石を投げつける資格を持つ者だから?

足が動かないのはなぜだ。
逃げられるのに、逃げたいのに、僕の中には 逃げたくない気持ちもある――。






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