どういうつもりだ?
三役人とグラードの視察団を その場に残して、瞬と氷河は控室を出ていった。
三役人の反応の鈍さに苛立って――任せておけなくて、僕は控室を突っ切って、廊下に飛び出た。
瞬たちに、5秒以上の遅れはとっていなかったと思う。
でも、僕が控室の外に出た時には既に、王宮の長い廊下のどこにも 瞬たちの姿はなかった。
僕は迷わず国王の私室に――居間ではなく寝室の方に――急いだんだ。

父の寝室に入るまでに、僕は、衛兵と女官と侍従長、計三人の人間に引き止められ、王の息子として、それらの関門を突破した。
瞬たちは、どうやって 王の病室に入れたんだろう。
僕でさえ 初めて入る王の寝室。
まるで僕に盗み見しろと言わんばかりに、扉が少し開けてある。

王は、幾つも大きな枕を重ねて、それらに身体を預けるようにして、上半身を起こしていて――想像していたより元気そうだった。
瀕死の重病人っていう感じじゃなかった。
安心したくはないけど、安心した。

枕元に、瞬と、ナターシャを抱きかかえた氷河が立っている。
医者は? 看護師は?
これだけ近ければ、僕は父の考えを読める。
読めるのに――僕は その勇気を持てなかった。


「単刀直入に お伺いします。あなたは、クロリスくんの幸せを願っていますか」
「もちろんだ」
父の答えは、意外や即答だった。
「僕たちは 人の心は読めませんから、その言葉を信じるしかありません」
まるで人の心を読める人間がいるみたいな瞬の言い方。
部屋の扉の陰で、僕の心臓は跳ね上がった。
父が頷く。

「力のない分家の三男坊。所詮、高嶺の花と諦めていた姫の夫に選ばれた時は 嬉しくて、私は天にも昇る気持ちだった。既に子を為した恋人もいたのに、先王は私を選んでくれたんだ。姫が私を選んでくれたのではないことに気付いたのは、正式に夫婦になってから。愚かで俗悪な男と、姫は私を軽蔑していたかもしれない。だが、クロリスは姫の子。私と姫の子だ。もちろん、愛している」
何を言っているんだろう、あの男は。
父は何を言っているんだ。
「姫の子に王位を譲るために――その時まで 死ねないと思っている」

何を言ってるんだ。
王は何を言っている?
前王が死んだ途端、双子の王子を引き連れた あの愛人が この王宮に乗り込んできて、女主人顔で傍若無人に振舞い始めた時、母様が どれだけ傷付いたのか、王は知ってるのか !?
母様は、それで生きる気力を失って 死んでしまったようなものだぞ。
なのに、今更。
なのに、今更……!

「陛下も お苦しかったのでしょうね。元凶は 自分だと お考えになって」
何が『お苦しかったのでしょうね』だ!
そのせいで 母様は――そのせいで、母様は!


「陛下はクロリスくんを愛していて、その幸せを願っている。その言葉を信じます。陛下の その言葉をクロリスくんに伝えれば、僕たちの仕事は終わる。――いえ、もう終わった」
瞬が――氷河も――僕が潜んでいる扉の方に、ちらりと一瞥を投げてきた。
僕の考えを読むことなどできないはずなのに、瞬と氷河は、僕が ここにいることを知ってるみたいだった。
でも、まさか、僕が人の考えを読めることまでは気付いていないだろう。

「あなた方の仕事……? グラード財団は、我が国との共同プロジェクトに、何か深刻な懸念事項を抱いているのか」
「グラード財団の総帥は、ルリタニアの王と王子の間で、意思の疎通が成っていないのではないかと、それを案じていたようです。僕たちには、『様子を見てきて』としか言ってくれなかったので、総帥が何を案じているのか わからずにいたのですが」
瞬は、そんな訳のわからないことを言って、父をまじまじと見詰め、更に言葉を継いだ。

「ルリタニアには 他にも問題が山積しているようですが、それは陛下と陛下のご家族が 自分たちで解決していってください。陛下には、まだ時間があります。事故にでも遭わない限り、最低 あと10年は生きていられる。強い お酒と脂肪の多い肉を控えれば、20年も余裕。生きていれば、消せない わだかまりなどない。解けない誤解もない。けれど、死んでしまったら、どんな些細な問題も解決できません。それは、身に染みて わかっていらっしゃることと思いますが」
「ああ、そうだな」

父が、“わかっていらっしゃる”ように頷く。
そして、瞬も。
父と瞬の やりとりの意味が まるでわからないのは、僕が子供だからか?
まるで わからないまま扉の陰に隠れていた僕の前を通り過ぎて、瞬たちは父の寝室を出ていった。
そして、あろうことか、その翌日には、視察団の他のメンバーを残して、三人だけ先に帰国してしまったんだ。
本業の仕事があるから――と言って。
何もわからないままの僕を残して。






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