光が丘のマンションの部屋に戻ってから、瞬たちは、田道間守の我が君“イクメノミコト”について調べてみたのである。 それは、垂仁天皇の名前だった。 初代神武天皇から数えて11代目。 埴輪を作って、殉死をやめさせた賢帝で、聖帝と呼ばれている。 亡くなったのは、『古事記』で153歳、『日本書紀』で140歳、『大日本史』で139歳。 自分の治世99年目の7月に亡くなり、その翌年3月に田道間守が宮に帰還。 8ヶ月、田道間守は遅かったのだ。 「153歳? そんな老人と瞬を似ていると言っていたのか、あの男」 「前代の崇神天皇は 168歳、次の景行天皇は137歳。あの時代の天皇の実年齢は、記録の3分の1くらいだと思えばいいんじゃないかな。田道間守さんは垂仁天皇の晩年10年は知らなくて、出会ったのは若い頃だったろうし、似てるのは目だけだって、田道間守さんも言ってたじゃない」 「それにしたって……」 それでも 氷河は不満そうだった。 四捨五入すれば30、見た目は20歳前後の瞬を、記録の上だけでも153歳の成人男性と比べること自体が、氷河的には 言語道断なのだろう。 瞬は、氷河の不機嫌を一笑に付して、ナターシャの方に向き直った。 「ナターシャちゃん。黄泉比良坂で会ったタジマのお兄ちゃんは、お菓子の神様なんだって。橘やミカンやイチジク――果物を干して甘くしたものがお菓子の起源だからなんだろうね」 「お菓子の神様 !? 」 それは、ナターシャに橘の実のお菓子をくれた親切な沙織サンが 本当はなりたかったはずの神様。 そのお菓子の神様に、イチゴのケーキのように優しい面差しの沙織サンなら ともかく、背が高く、橘の木の実より 橘の木の方に似ていたタジマのお兄ちゃんがなっているとは。 逆の方が絶対いいと、ナターシャは思ったようだった。 「マーマ、お菓子の神様の神殿はあるの?」 「お菓子の神様の神殿? んーとね、兵庫県や京都、福岡の方にも神社があるみたいだね」 「それ、近く?」 「近くはないかな? あ、でも、近くだと、日光の二荒山神社っていうところに、タジマのお兄さんの像があって、お参りができるみたいだよ。ナターシャちゃん、行ってみたい?」 瞬に問われたナターシャは、一も二もなく頷いた。 「ナターシャは、沙織サンがお菓子の神様になれるように、お菓子の神様の神社に行って、お願いするヨ。沙織サンは、絶対に、お菓子の神様になりたいんダヨ!」 ナターシャの可愛らしい決めつけを、大人たちは笑って受け流すことができなかったのである。 沙織は、戦いの神でいることをやめて お菓子の神様になりたいと言い出すようなことはしないだろう。 彼女は、そんな無責任な神ではない。 だが、彼女が 戦いの神になりたいと願って 戦いの神に生まれてきたのではないこともまた 確かな事実で、それが彼女の聖闘士たちには とても切ないことだったから。 星矢から、ナターシャの思い込みを知らされた沙織は、後日、橘の実と葉をかたどったコサージュを ナターシャにプレゼントしてくれた。 プレゼントに添えられたカードに記されたメッセージは、 『ナターシャちゃんのパパとマーマを守るためにも、私は戦いの女神でいたいのよ』 メッセンジャーは、今回も星矢。 「沙織さんが お菓子の神様になるのは、地上に本当の平和が訪れて、アテナの聖闘士たちが戦わずに済むようになってからだってさ」 沙織からのプレゼントとメッセージを受け取ってから、ナターシャは、沙織はお菓子の神様になった方がいいと言わなくなった。 無邪気なナターシャが、ほんの少し 大人になったエピソードである。 Fin.
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