もう少し経てば夏休みという7月という時季、しかも3学年に転入生というのは、かなり珍しい。 私立グラード学園高校は、偏差値70を超えるトップ校とまではいかないが、65以下になったことはない、いわゆる難関校で、基本的に転校生の受け入れを行なっていない学校だというのに。 その転校生には、よほど特殊な事情があるのだろうことが推測された。 季節外れもいいところの転入は、親の仕事等、何らかの都合で、急遽 東京(もしくは日本)にやってきたことによるものだろう。 前の学校で不祥事を起こして転校を余儀なくされたような生徒を、グラード学園高校が受け入れるはずがない。 彼は かなり頭の出来がよく、素行も悪くはなく、相当額の寄付をし、そして、もしかしたら政治的配慮が必要な事情を抱えているのだ。 そのあたりの事情は定かではなかったが、ともかく、3学年への転校生受け入れ自体が グラード学園高校では ここ20年ほどなかったことであるらしい。 その転校生は、それほど特別な生徒だった。 「そんなに育ちがいいようにも、頭がいいようにも見えないが」 氷河は滅多に人を褒めない。 「育ちや頭の出来より――奴の場合は、本当に十代なのかどうか、まずはそこからだな。貫禄と迫力が過多で過剰。30男と言われても、俺は 全く疑わずに信じるぞ。18と言われると、全く信じられないが」 そう言う紫龍も、高校2年17歳と自己紹介をすれば、それを信じず疑う人間は多いだろう。 紫龍の場合は、実年齢より老けて見えるからでも 若く見えるからでもなく、17歳の青少年とは思えぬほど落ち着き払った態度と 非常識なまでの長髪の不釣り合いが、見る者の判断を惑わすから。 そして、紫龍と同じく高校2年17歳の氷河が、17歳の素直な高校生に見えないのは、全般的に童顔仕様の日本人とは異なり、彼の見た目が完全にコーカソイドの金髪碧眼だからだった。 「俺は、ああいう顔、わりと好きだけどな。不敵っていうか、得体が知れないっていうか。強いぜ、あいつ、きっと」 星矢の見た目は典型的 日本人仕様。 氷河、紫龍とは1歳しか違わない高校1年16歳なのに、彼は中学生でも通る顔立ちをしている。 星矢が実年齢より幼く見える第一の理由は、その黒い瞳の大きさにあるだろう。 人好きしそうな印象をしており、印象通りに人懐こい少年だった。 「優しい人ですよ。……きっと」 最後に そう言ったのは、瞬だった。 氷河、紫龍、星矢の三人が、瞬のその人物評に目を剥く。 もちろん、未知の人間に対して、人がどういう見方をし、どういう印象を抱き、それをどういう言葉で表するかは 人それぞれである。 だが、瞬の人物評は、あまりに一般的なそれから逸脱していたのだ。 「おまえが、人を、『悪党面してる』だの『凶悪の極致』だのって、否定的なことを言うとは思ってないけどさ。『優しい人』はないだろ、『優しい人』は。100歩譲っても、『見た目ほど怖くないかもしれない』までが、ぎりぎり許容範囲だよ、あのツラは」 「見た目ほど怖くない?」 瞬の人物評は言うに及ばず、星矢の許容範囲ですら、氷河には許容範囲外だったらしい。 彼は死ぬほど嫌そうな顔をして、話題の転校生を睨みつけた。 睨みつけたといっても、氷河たちが座っているカフェテラスのテーブル席から、転校生が掛けている中庭のベンチまでは、直線距離にして30メートル超。 転校生は、自分が氷河たち四人に見られていることにさえ気付いていないだろう。 さっきまで 焼きそばパンを食べていた転校生は、今はスマホで何かを聞いている。 何を聞いているのかは、氷河たちには見当もつかなかったが、アニソンや英会話教材でないことは確かだった。 転校生は、もちろん 一人である。 転校してきたばかりだからではなく――おそらく(見た目が)怖くて、誰も彼に近付けなかったのだ。 「こんな時季外れの転校生、普通なら、好奇心丸出しのクラスメイトか 無駄に責任感のあるクラス委員が まとわりついているものだろうに、見事に一人。あれは どう考えても、見た目以上に中身がやばいということを、他の生徒たちが感じ取っているからだ。異様な殺気というか、殺意というか、憎悪というか、こんなに離れているのに、俺は奴から反社会的な攻撃性さえ感じるぞ」 氷河たちは、一般人からしたら超常的といっていい力を持つアテナの聖闘士なので、転校生が反社会的勢力の構成員だろうが何だろうが、怖くはない――恐れようがない。 その転校生の存在自体が、氷河は不快らしかった。 相手は、一言も言葉を交わしたことのない、言うなれば、見た目の印象以外 何も知らない赤の他人だというのに。 「ここは、一応 平和な学び舎だから、殺気だの殺意だのって、物騒な単語を並べるなよな」 「見るからに正反対のタイプだから、氷河とは事あるごとに反発し合いそうではあるが」 「そんな決めつけはよくないよ……!」 紫龍のそれは、決めつけというより、瞬への思い遣りからくる予防策の一種だった。 それを知らない瞬が、紫龍のそれを“決めつけ”と決めつけて、仲間をたしなめる。 瞬に“優しい人”などという高(好)評価を得た人物に、氷河が好意を抱くわけがない。 氷河は紫龍の決めつけを肯定した。 「だが、それで何の不都合もない。俺は 奴と仲良しこよしになりたいわけでもないし、関わり合いになる必要もない相手だ」 彼等が 今日こうして、クラスどころか学年の違う転校生に注目していたのは、時季外れの転校生を珍しく思い、興味を抱いたからではない。 彼等は、グラード財団総帥にしてグラード学園高校理事、女神アテナにして彼等の身元保証人でもある城戸沙織に、 「3年に転校生があって、今日から登校することになっているから、それとなく注意していてちょうだい」 という、実に微妙な指示を出されていたのだ。 これは、それゆえの転校生鑑賞会だった。 |