その日、お買い物を終えて、ナターシャのお昼寝のために いったん おうちに帰った時ダヨ。 夜には ナターシャのベッドが届くケド、お昼寝には まだ間に合わないカラって、ナターシャはパパのベッドでお昼寝したの。 ナターシャ、いっぱい 歩いて くたくただったカラ、すぐに おねむになったんだけど、ナターシャが眠ってる間にパパがいなくなったら嫌だったカラ、パパの側で おねむしたいと思ってリビングルームに戻ったノ。 そしたら パパが、瞬ちゃんに謝ってる声が聞こえてきて、ナターシャは リビングルームのドアを開けられなくなっちゃったんダヨ。 「すまん。小さな子供を引き取るなんて、そんな重大なことを、相談もせず、勝手に決めて」 どうしてパパが瞬ちゃんに謝るのか、ナターシャにはわからなかった。 瞬ちゃんは パパより小さいのに、パパより偉くて怖いのかな。 でも、だったとしても、どうして謝るの。 パパはナターシャのパパで、ナターシャはパパのナターシャだから、一緒にいるのは当たりまえのことなノニ。 「相談して、『氷河に子育ては無理だよ』って言われて、氷河がナターシャちゃんを引き取ることを諦めるようなら、氷河も大人になったんだなあって感心するけど……。そんな氷河は 氷河じゃないからね」 「すまん」 パパ、謝らないデ。 パパは何にも悪いことしてない。 「子育ては大変だよ。どんなに小さくても、相手は一人の人間で、自我があって、心を持っている」 「わかっている」 「どうだか。その上、女の子だなんて、ますます難しい」 「すまん」 パパが瞬ちゃんに『すまん』って謝るたび、ナターシャは泣きたくなった。 パパが、『俺はナターシャのパパでいるのをやめることにする』って言い出すんじゃないかって、ナターシャは不安で、心臓がどきどきして、『わああっ!』って大きな声で叫びたい気持ちになった。 パパは、『俺はナターシャのパパでいるのをやめることにする』とは言わなかったケド。 瞬ちゃんも、パパに『ナターシャちゃんのパパでいるのをやめなさい』とは言わなかった。 「氷河が あり余るほどの愛の持ち主で、その愛を持て余すほどだってことは知ってる。でも、世の中には 愛だけではどうにもならないこともあるからね。僕も、一日に一度はナターシャちゃんに会いにくるようにするけど、何かあったら――ううん、何もなくても必ず、僕や紫龍や 周囲の人間を頼ってね。詰まらない意地や見栄を張っちゃ駄目。日常のどんなに些細なことでも、氷河が取るに足りないと思うようなことでも、それはナターシャちゃんの命にかかわることかもしれないんだから」 瞬ちゃんは、パパをナターシャのパパでなくそうとしてるんじゃなく、ナターシャのことを心配してくれてるみたいだった。 瞬ちゃんは、パパとナターシャを引き離そうとする悪者じゃない。 ナターシャは、すごく ほっとしたんダヨ。 デモ。 「わかった。ありがとう、瞬」 パパは『ありがとう』って言って、瞬ちゃんを ぎゅっと抱きしめた。多分。 それから、それだけじゃなく、何かした。 ナターシャが、今 お部屋の中に入っていっちゃいけないって思うようなこと。 きっと、ナターシャには秘密のこと。 ダカラ。 だから、ナターシャは、瞬ちゃんを嫌いになったんダヨ。 だけど、瞬ちゃんを ずっと嫌いでいるのは難しかった。 だって、瞬ちゃんは、パパよりずっと ナターシャのこと わかってくれてて、ナターシャが欲しいものを持ってきてくれるし、ナターシャが してほしいことをしてくれるんだモノ。 瞬ちゃんは、クマさんのぬいぐるみや絵本やCDやブルーレイを持ってきてくれるし、時々 ケーキも買ってきてくれる。 瞬ちゃんの作るご飯は、パパが作るご飯みたいに綺麗でオシャレじゃないけど、甘くて おいしい。 ナターシャがお熱を出した時、パパは何もできないけど、瞬ちゃんが何もかも よくしてくれる。 瞬ちゃんがいるおかげで、ナターシャはいつも元気でいられるんダヨ。 ナターシャは 瞬ちゃんを好きじゃないのに、瞬ちゃんがいないとナターシャは すごく困るノ。 ナターシャが お熱を出して元気じゃない時のパパは、ほんとに おろおろして駄目駄目パパになっちゃうんダヨ。 だから、パパが瞬ちゃんをナターシャの次に好きなのなら―― ナターシャが一番で、瞬ちゃんが二番目なのなら――許してあげようって、ナターシャは思った。 それで、パパに訊いてみたんダヨ。 瞬ちゃんが病院に行って、パパとナターシャが二人だけで おうちにいる時に、 「パパ。パパは、ナターシャと瞬ちゃんの どっちが いちばん好き?」 って。 パパは、ナターシャが訊いたことに答える前に、不思議そうに眉をしかめた。 ナターシャが どうして そんなことを訊くのかが、パパには わからなかったみたい。 ナターシャは、でも、絶対 その答えを聞きたかったカラ、じーっと パパの顔を見詰めて、ずーっと 見詰めたままでいた。 それで パパは答えなきゃならないって思ったみたいだった。 それで パパは答えてくれた。 「俺はナターシャを好きだ。ナターシャは俺にとって、俺の命よりも大事なものだ」 パパは、パパの命よりナターシャの方が大事? それって、すごいことだヨネ? ナターシャも、ナターシャよりパパが大好きだけど、それとおんなじくらいパパがナターシャを大好きだってことは、絶対に パパがナターシャを世界一 大好きだってことダヨ。 ヨカッタ。 パパのいちばんは、瞬ちゃんじゃなく、ナターシャなんだ! 「じゃ、ナターシャがいちばんで、瞬ちゃんは その次?」 嬉しくて―― ナターシャは にこにこ笑顔ダヨ。 パパも にこにこだと思った。 にこにこ笑って、『もちろん、ナターシャがいちばんだ』って言ってくれると思った。 なのに、パパは怖い顔。 ううん、怖いくらい真面目な顔。 パパはナターシャを抱きあげて、お膝の上に載せて、すごく重たい声でナターシャに言った。 「ナターシャ。俺は、瞬がいないと生きていられないんだ。瞬がいないと、俺の命もなくなる。これは大事なことだから、しっかり覚えておいてくれ。ナターシャ。俺が生きていられるのは、瞬がいるからなんだ」 「エ……」 パパは すごく真面目な顔。真剣な顔。 パパ。 それは、ナターシャがパパのいちばんじゃないってこと? 瞬ちゃんが いちばんナノ? パパの命より大事なナターシャと、瞬ちゃんがいないと生きていられないパパ。 パパは、どっちがいちばんナノ。 『パパは、どっちがいちばんナノ』って パパに訊こうとして、でも、ナターシャは訊けなかった。 訊く代わりに、 「ウン。ワカッタ」 って、言った。 『パパは、どっちがいちばんナノ』って、しつこく訊いたら、パパに嫌われちゃうかもしれないって思ったから。 パパに嫌われるのは、絶対に嫌だから。 だから ナターシャは いい子になって、パパに いい子の お返事をしたノ。 たとえ“二番目”でも、それは“嫌い”よりずっといいから。 |