『実にいい趣味』としか言いようのない大量の美しい薔薇の花を見た氷河は、一輝を大いに見直した。
見直さないわけにはいかなかったのである。
一輝が持ち帰った薔薇は、本当に美しく可憐な花ばかりだったから。
それらの薔薇の代価が自分だと知らされた途端、氷河の一輝評は 瞬時に地に落ちたが。

「ああでもしないと、俺は あの黒マントに食われてしまっていただろう。そして、瞬への土産を 瞬の許に届けることができなかった。こっちは、貴様のせいで花泥棒の罪を犯してしまっていたし、他に仕様がなかったんだ。悪いが、氷河。おまえ、あの黒マントのところに行って、食われるなり退治するなりしてきてくれ」
大量の美しい薔薇の花に感動さえ覚えていた氷河は、『畑から、ナスとトマトを採ってきてくれ』程度の気軽さで そんなことを依頼(?)してくる一輝への怒りで、しばし息をすることすら忘れてしまったのである。

『瞬のための薔薇を手に入れるため』『瞬への土産を守るため』と言われれば、言下に拒否することもできない。
とはいえ、『黒マントのところに行って、食われるなり退治するなりしてきてくれ』は、あまりに勝手な頼み事(命令)である。

氷河はもちろん行きたくなかった。
行くつもりもなかった。
瞬への土産は、無事に瞬の手許に届いたのだし、黒マントの館には 自分ではなく一輝が行くべきだと、当然のごとくに氷河は思った。
思ったのだが。

「普通に考えたら、その黒マントは、呪いで化け物に姿を変えられた どこぞの国の王子だろう。おそらく、真実の愛で呪いを解いてくれる美女募集中なんだ。となれば、氷河が行っても無駄足になる。ここは やはり瞬だろう。黒マントの野獣が求めているのは、清らかな心を持つ可憐な美女なんだから」
という紫龍の発言が、氷河の心を動かしたのである。
「瞬は美女じゃない」
「それは そうだが。清らかでも可憐でもない氷河が行くより、瞬の方が あちらの希望に合致しているだろうし」

紫龍は何を言っているのだろう。
瞬の清らかな心が 黒マントの呪いを解いてしまったら、それこそ 事態の収拾がつかなくなるではないか。
そもそも 黒マントの化け物が 本来は どこぞの国の王子なのだとしても、今は ただの黒マントの野獣である。
そんなものに、もし瞬が無体なことをされでもしたら、瞬は どれほど傷付くか――。
その場面を想像して 頭に血が上った氷河は、心優しい瞬に何も言わせないために、つい うっかり、
「俺が行く!」
と、宣言してしまったのだった。
野獣黒マントの許になど行きたくはないが、変態黒マントの許に瞬を送り込むよりは ましである。

「氷河……。僕が役に立てるのなら、黒マントさんの館には 僕が行くよ?」
『清らかな心を持つ可憐な美女の役には、僕こそがふさわしい』と強く主張できない瞬の遠慮がちな申し出を、
「その必要はない!」
と きっぱり撥ねつけて、氷河は 問題の薔薇の館に向かったのだった。






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