そうして、二度目の一念発起をした僕は、もう一度 4Sの入団テストを受け、合格した。
本音を言えば、試験の実技テストと面接には、僕が喧嘩して決別した あの演出家先生が同席していたから、僕は来年の再トライを覚悟していたんだ。
でも、僕は 合格した。

合格した僕は、いちばん最初に、演出家先生のところに『ごめんなさい』を言いに行った。
『それでも、4Sのミュージカルが大好きだから、もう一度 挑戦することを許してください』って。
僕が演出家先生に『ごめんなさい』を言ったら、驚いたことに、演出家先生からも『ごめんなさい』が返ってきた。
言い方は、『ごめんなさい』じゃなく『私は君の才能を手放さないために、もっと努力すべきだった』だったけど。
才能?
先生が認めるほどの?
そんなものが僕にあったのか?

僕が4Sを退団して半年が経ってから、集合時間の違うメールの謎が解けたんだそうだ。
劇団の団員管理部で働いていた事務の女性が、劇団事務の連絡用アドレスで、僕と僕以外の5人に内容の違うメールを送信したらしい。
彼女は、僕を将来有望と感じて、個人的に応援してくれていた。
僕宛てのメールにだけ、『大きな飛躍の第一歩になる大事なオーディションです。頑張ってください』の1行を入れたくて、メールを別送信。
その時、何かの弾みで、『14時』を『4時』にしてしまったのだそうだ。

彼女はずっと自分のミスに気付いてなかった。
極秘開催のオーディションの顛末は、劇団内でも極秘事項だったから。
僕が4Sを退団して半年が経ってから、彼女は 古いメールのログの整理をしていて、初めて自分のミスに気付いたらしい。
悪いのは自分だから、僕の退団を取り消してほしいと上司に訴え――でも、退団の根本的な原因は僕にあったし、その頃には僕はもう東京にいなかった。

才能ある団員の未来を自分が潰してしまったと言って、それから まもなく、彼女も4Sを辞めてしまったのだとか。
あれは、悪意あるライバルの陰謀なんかじゃなく、僕を応援してくれている人からのエールだった。

「君の訴えを信じず、最初から疑って かかって申し訳なかった。君が そんなことをする人間でないことは よく知っていたのに。私は、どんな舞台でも どんな役でも、決して手を抜かず、全力投球する君の姿勢を買っていたのに」
先生は そう言って、僕なんかに頭を下げた。

ナターシャちゃんと同じことを、先生が言う。
先生はちゃんと見ていてくれたんだ。
しかも、結局は僕の短慮が原因だったことに、『ごめんなさい』を言ってくれて――。
くそ。この人の作品のためなら、死ぬ気で頑張ろうって気になるじゃないか。

『大好き』と『ありがとう』と『ごめんなさい』は、必ず 相手に伝えるように。
そうすれば、きっと幸せになれる。
先生の成功の秘訣は、これだったんだな。
才能だけじゃ、人は ついてこない。

『大好き』と『ありがとう』と『ごめんなさい』は、必ず 相手に伝えるように。
本当に、それで人は幸せになれるんだ。
自分も、相手も。
すごいよ、ほんと。

また 一からの出発になったけど、僕は再び 夢に向かって歩き始めた。
僕の復活を知れば、僕の退団に責任を感じて 4Sを去った人の心の傷も少しは癒えるかもしれない。
目標は、ナターシャちゃんが小学校に上がる前に、大劇場でメインキャストを務められるようになることだ。
それが ナターシャちゃんへの本当の『ありがとう』になると思うから。
僕は必ず ナターシャちゃんに『ありがとう』を伝える。






Fin.






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