大人とは面倒な生き物だと、あの時、瞬は思った。 そして、ナターシャも同じように思ったらしい。 「あの時、パパはマーマに『ありがとう』って言ってたけど、ナターシャは、そんなの変だと思ったの」 もとい。“同じように”ではなかった。 瞬が『大人は面倒』と思ったことを、ナターシャは はっきり『変だ』と感じたようだった。 「ナターシャが嬉しいと、パパが喜んでるみたいで、おじいちゃんは嬉しいんでしょ。おじいちゃんは おじいちゃんがパパにしてあげたいことを、直接 パパにしてあげればいいのにって、ナターシャは思ったの。その方が パパも喜ぶのにって。そして、パパは おじいちゃんに直接、『ありがとう』を言えばいい。おじいちゃんとパパが オトナのツゴーで、それができないなら、ナターシャが直接 パパに おじいちゃんの気持ちを伝えてあげようと思ったノ」 だから――だから、ナターシャは、カミュに買ってもらったものを すべてパパに渡していたのだ。 そういうことだったらしい。 被告席に着いていたのはナターシャだったはずなのに、今は ナターシャ以外の大人たちが全員、この民事裁判の被告になってしまっていた。 「カミュおじいちゃん。パパは立派なパパになったヨ。カミュおじいちゃんのおかげダヨ」 ナターシャは、代弁者としても優秀で、パパに感謝の気持ちを的確に伝えることをした。 「そうか、私のおかげか」 「どこが立派なパパだって? 立派なパパってのは、自分の子供を甘やかすだけじゃなく、子供が自力で独り立ちできるように 責任をもって育て上げることのできる父親のことだろ。氷河は ナターシャを甘やかすばかりで、叱ることもできない駄目駄目パパだろ」 傍聴席から 飛んできた星矢の野次も、 「立派なマーマを連れてきたところが、パパの立派なところダヨ!」 完璧な理論で封じ込めるナターシャは、弁護人としても極めて優秀だった。 「私は、おまえに何もしてやれなかった。優しくすることも、厳しく導くことも、何もかもが中途半端で――」 「かもしれない。でも、俺は幸せでしたよ。あなたの弟子になることができて。俺は、心から あなたに感謝しています」 おじいちゃんは おじいちゃんがパパにしてあげたいことを、直接 パパにしてあげればいいのに。 そして、パパは おじいちゃんに直接、『ありがとう』を言えばいい。 孫(娘)に導かれて、大人たちが直接 思いを伝え合う。 大人というものは、確かに面倒で 手の掛かる生き物だった。 面倒で手のかかる大人の第一人者が、賢明で聡明な孫の方に向き直る。 「ナターシャ。だが、誤解はしないでくれ。私は氷河を大切に思っているが、同じようにナターシャのことも大切に思っている。ナターシャは決して、氷河の代わりではない」 「ナターシャは、おじいちゃんの気持ちがわかるヨ。ナターシャはパパが大好きだから、パパを大好きな人も大好きダヨ。だから、おじいちゃんも大好き。ナターシャとおじいちゃんは、パパで繋がってるんダヨ」 「そうか。私たちは 氷河で繋がっているのか。その通りだ。ナターシャは 本当に賢いな」 「ナターシャは氷河の娘だけど、同時に瞬の娘でもあるんだから、当然だよ」 傍聴人席から飛んでくる、いちいち正鵠を射た星矢の茶々に、カミュが苦笑する。 自分が育て上げた“立派なパパ”の客観的評価に、彼は笑うことしかできなかったのだ。 そんな氷河を、それでも“立派なパパ”“幸せな人間”だと信じることができるから。 「結局、君に任せるのが、いちばん確実なのだな。私自身が現世に居座るより」 ナターシャの頭を撫でていたカミュの姿が ぼやけ始めたのは、彼の中にあった後悔や心残りや憂い――それらの思いがすべてが消え去って、成仏しないわけにはいかなくなってしまったからだったろう。 「おじいちゃん……?」 やがてカミュの姿は完全に消え、そこには 生きている者たちと 十数着のナターシャの新しい洋服の入った紙袋が残されていたのだった。 マーマは、たくさんの洋服を返品しなくていいと言ってくれた。 春用のお洋服が売り場に並ぶ頃、また おじいちゃんが遊びに来てくれますように。 ナターシャは最近、毎夜、眠りに就く前に お星様に お祈りをしている。 Fin.
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