「にしても、そんな紆余曲折、波乱万丈、二転三転の末に、黄金聖闘士になったのかよ、おまえらは。俺なんか、みんなとお揃いがよかったから、黄金聖闘士になっただけだぞ。青銅聖衣でも神聖衣になれば黄金聖衣と遜色ないから、ペガサスのままでも、聖闘士として戦うのに支障はないけど、おまえ等と一緒の お揃いがいいっていう、一種の決意表明みたいな感じでさ」 もちろん黄金聖闘士になることを軽く考えているわけではない。 だが、星矢が どうしても今 黄金聖闘士になりたかったのは、『仲間たちが皆、黄金聖闘士だから』というのが、最大の理由だった。 瞬たちと一緒がいい――聖衣の色も、立場も、責任も、居場所も、同じがいい――というのが。 それは、瞬も同じだったらしい。 かつては黄金聖闘士になることを5年以上も峻拒していた人間とは思えないほど――もしかしたら 星矢当人よりも、瞬は 星矢の黄金位継承を喜んでいるようだった。 「うん。星矢とお揃いになれて、僕も嬉しい」 にこにこしながら、瞬は、もう一度、あの言葉を口にした。 「この時を待ってたんだ、僕」 そんな瞬を無言で見詰めて――長く無言で見詰め、やがて氷河は口を開いた。 「『シャカの後継として力不足』だの『戦うのが嫌だ』だのと 尤もらしい理由を並べ立てて、その実 おまえは、星矢が一緒でないのが嫌だっただけだろう」 余人には 無表情にしか見えないらしい氷河の顔が、今は不機嫌そのものになっている。 それは、かつての瞬が黄金位継承を固辞していた真の理由に、今 気付いたからか、それとも、十数年前に気付いていたことを改めて思い出したからなのか。 ともかく 氷河は――今の氷河は――無表情ではなく不機嫌だった。 それがわかるほど、氷河との付き合いが深く長い瞬は、 「氷河……」 水瓶座の黄金聖闘士の名を呼び、そのまま黙り込んでしまった。 付き合いが深く長すぎて、他のことなら いざ知らず、この手のことは ごまかせないことが、瞬には わかってしまうのだろう。 「あの時、星矢が一緒だったら、おまえは黄金聖闘士になることを、あれほど頑なに拒むことはなかったんだ」 「……」 言い逃れも ごまかしも不可能。 そう悟った瞬が、諦めたように微かな笑みを口許に浮かべる。 氷河の言う通り。 十数年前の瞬の葛藤の主なる原因は、自分たちが――五人であるべき自分たちが、“一人欠けていること”だった。 他に理由はない。 戦いの中で生きていく覚悟は、13の時にできていた シャカの戦い方を そのまま踏襲するつもりもなかった。 瞬は ただ、“自分”が“五人”でありたかっただけなのだ。 「わかってたんだ。これは僕の我儘だって。ちゃんと わかってた。でも、星矢だけを青銅聖闘士のままにしておきたくなくて、僕だけでも青銅聖闘士のままで 星矢の帰りを待ちたくて……。星矢こそが誰よりも先に、誰よりも確かに、黄金聖闘士になる資格を有していたんだ。僕は、五人一緒に黄金聖闘士になりたかった……」 「瞬……」 十数年前。まだ子供といっていい年の頃。 ペガサス座の聖衣とアンドロメダ座の聖衣を身にまとって、必死に戦っていた頃の 泣き虫の瞬が ここにいるような気がして、星矢は胸が詰まった。 アテナと世界の平和を守るために ハーデスの剣に立ち向かい 深手を負ったことに後悔はないが、それが瞬を こんなにも悲しませたというのなら、その事実を悔しいとは思う。 「おまえらしい」 紫龍が 笑って そう言えるのは、彼等が今は五人だから。 そして、 「最強の乙女座の黄金聖闘士が そんな泣きそうな顔をするんじゃない。氷河は、怒っているわけではないさ」 と続けるのは、怒っていないわけではない氷河を牽制するため。 星矢が『すまなかった』や『ありがとう』を口にしないのも、やはり これ以上 氷河を不機嫌にしないためだった。 今 ここで元天馬座の青銅聖闘士と元アンドロメダ座の青銅聖闘士が 改めて十数年振りの再会と十数年間 変わることのなかった友情を確かめ合う感動の名場面を演じ始めた日には、二十数年振りに主を迎えた人馬宮が永久氷壁に閉ざされかねない。 「別に黄金聖闘士になったことを後悔したわけじゃないんだろ?」 星矢は明るく尋ねた。 瞬が笑って頷く。 瞬が 黄金聖闘士になったのは、18になったばかりの秋。 これで肩の荷を一つ下ろせたという顔をして、沙織は瞬に提案してきたのだった。 「ハーデスとの戦いも終わって、しばらく大きな戦いもないと思うし、あなたは 医者になる勉強でも始めたらどうかと思うの」 「は?」 「傷付いている人を癒す仕事に従事したいのでしょう? 医師というのは、それを実感できて、あなたの能力に ふさわしい仕事だわ。学費の心配は無用よ。自慢じゃないけど、経済面での協力なら、ほぼ無制限にしてあげられるから」 「もし そんな勉強をすることが許されるのなら、学費は自分で用意しますが……黄金聖闘士が そんなことをしていていいんですか?」 沙織に そう問うた時、瞬は自分が黄金聖闘士の仕事(?)について何も知らないことに、初めて気付いたのだった。 一足先に黄金聖闘士になった氷河と星矢は、大抵、青銅聖闘士の自分と一緒に、ハーデス軍の侵攻で半壊した聖戦の再建に いそしんだり、トレーニングをしたり、調べものをしたりしていたのだ。 黄金聖闘士でなければできない仕事というものはない。 沙織の答えは、瞬のその考えを裏付けるものだった。 「黄金聖闘士といったって、1年365日 戦っているわけじゃないし、へたをすると、1年365日何もすることがない事態だってあり得るわ。あなたたちが命がけで勝ち取った平和が そう簡単に瓦解することもないでしょう。聖闘士稼業以外の何かをしていなかったら、あなた、退屈で死んでしまうわよ?」 「あ……ええ……はい!」 黄金聖闘士は、戦士でないものとしての夢や目標を叶えることもできる――と、沙織は言っていた。 瞬は嬉々として、沙織の提案に乗ったのである。 「1年365日、恋に夢中でいるという手もあったのに」 氷河の文句は、瞬が希望通りに医師になった今となっては、無効かつ無意味なものである。 黄金聖闘士であり、医師でもある人間が、恋にまで手が回らないとは限らない、 瞬は今では、その上に 育児もこなすスーパーマンだった。 |