「……星矢?」 それは最近 流行っているサンドイッチの名前か? とでも言うような調子で、氷河が その音を復唱する。 「多分ね。ナターシャちゃんにとって 星矢は、パパより強いかもしれない、いちばん歳の近い男の子でしょう? 星矢は、僕と氷河の次くらいに たくさん、ナターシャちゃんと遊んでくれてるし」 「いちばん歳の近いオトコノコ……?」 それはそうかもしれないが、星矢は、ナターシャのマーマと同い年である。 ナターシャとは、まさに“親子ほどに年が違う”のだ。 それが いちばん歳の近い男の子とは。 「――」 瞬の言葉から受けた衝撃が大きすぎて、氷河は、まともな思考力を なかなか 取り戻すことができなかったらしい。 「親馬鹿パパの氷河としては、こういう時、やっぱり“とりあえず反対”するの?」 と問われて初めて、やっと、 「星矢は、多分、一生、独身だろう?」 と、瞬の発言の繰り返しでない言葉が出てくる。 「……そうだね」 沙織が女神である限り。 そして、星矢が好きなのは女神アテナである城戸沙織なのだ。 星矢のそれが恋なのか、忠誠心なのかは、瞬にも正確なところは わかっていなかった。 星矢自身も わかっていないに違いない――と思う。 だが、ナターシャの恋(?)が実ることは永遠にないだろう。 それだけは、瞬にも氷河にも わかっていた。 そして、それでも――それがわかっていても、娘の父親は、 「星矢の奴、もしナターシャを傷付けて、泣かせるようなことをしてみろ。絶対に許さん!」 と思うのだ。 “父に溺愛される娘”に恋された男は、望むと望まざるとにかかわらず、誰もが一つの災難を背負い込む定めを負っているのかもしれない。 「そんなに深刻に考えることはないよ。本格的に案じなきゃならなくなるのは、今から20年は先のことだろうし、それまでには ナターシャちゃんの気持ちも変わっているかもしれない」 「瞬! おまえは どうして、そんな落ち着いた態度でいられるんだ!」 「慌てて騒いだって、どうなるものでもないでしょう」 「それでも慌てて騒がずにいられないのが、親というものだろう!」 「そうかなあ……」 氷河に関して言うなら、彼は今から その時の覚悟を決めておいた方がいいとは思う。 『俺より強くてカッコいい男が相手でないなら、結婚など絶対に許さん!』 と繰り返し娘に言う父親は、娘が選んだ相手が誰であれ、娘が自分以外の誰かを選んだ事実に ショックを受けるに決まっているのだから。 親馬鹿の父親は、20年も先のことで もう、あたふた慌て始めている。 『その時の覚悟を決めておく』 これから20年くらい、氷河の“今年の目標”はそれでいいと、炬燵の上の果物籠からミカンを一つ取って、瞬は思ったのだった。 ナターシャの将来の夢が『パパとケッコンする』でないのが悔しいだけの氷河を、まともに相手にするだけ無駄だから。 Fin.
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