「マーマを生き返らせてくれるって言うから、俺は悪魔に魂を売ったんだ。なのに、気が付いたら、ここにいた。これって、詐欺だろ。ここは魔界なのか? 俺が魔界なんてとこにいたら、悪魔が ほんとにマーマを生き返らせたのかどうか 確かめられないし、俺の意識が ここにあったら、俺が失ったのは魂じゃなく、俺の身体の方だったってことになる。そんなの、おかしいだろ! 何もかもが おかしいだろ!」 俺は、いつもの俺らしくなく、すごく口数が多くなってた。 マシンガンみたいに まくしたてて、天使の返事を待つ。 ぷかぷか ガス星雲のジャポン玉状態で いきり立ってる俺を、天使は 気の毒そうな目をして見詰めてきた。 「確かに、それは詐欺だね。亡くなった人を生き返らせるなんて、それは悪魔には できないことだ。誰が君に そんなことを言ったの。それは重大な規律違反で契約違反だ。できないことをできると言って、人間を魔界に引き込むなんて」 『できない』って言葉に、俺はびっくりした。 『できるのに、しない』で騙したんじゃなく、『そもそも、できない』なのか? 「できない――って……。悪魔にもできないことがあるのか?」 何もないところから金貨を無限に作り出したり、麦藁の束を軍隊に変えたり、小さな木の根っこで どんな病気も治しちまうのが、悪魔だろ。 悪魔には、死んだ人間を生き返らせることくらい簡単だろ。 何もないところから、新しくマーマを作ってくれって言ってるんじゃないんだ。 マーマの身体は、海の底にある。 なのに『できない』って、どういうことだよ! ――って、頭の中で考えただけの俺の文句。 天使に聞こえちまってるのかな? 天使の返事から察するに、俺の考えは、天使に聞こえてるみたいだった。 いや、聞こえてなくても、察しはつくか。 「ここは悪魔のいる魔界。神への反逆の道を選んだ元人間や元天使のいる魔界だよ。死んだ人がいるのは冥界で、魔界と冥界は違う世界。統治している者が違うんだ。魔界は魔王ルシファーが支配していて、冥界の王はハーデスだ。魔界の住人は、冥界に運ばれた人間に対して 何をすることもできない。接することすらできないんだよ」 「そんな……」 今の俺は ぷかぷかガスのシャボン玉。脚もなければ、顔もない。 でも、気分的に、俺の頬は真っ青だ。 真っ青になった俺の頬(?)に血の気が戻ってきたのは、天使のおかげだった。 天使は、俺が悪魔の詐欺の被害者だってことを認めて、俺を詐欺から救い出すことを約束してくれたんだ。 「君を騙した悪魔をすぐに探して、君を人間界に帰してあげるよ。君が交わした契約は無効だ」 って、言って。 マーマは生き返らず、俺は永遠にシャボン玉――っていう最悪状態からは、俺は抜け出せそうだった。 俺は ほっとして、天使に『ありがとう』を言った。 「おまえは、魔界にいるけど天使なのか? 悪魔じゃないよな? 悪魔にしては、綺麗で優しい。天使みたいに」 それは お世辞じゃなく、お礼でもなく、ただの本音。思ったまま。 天使は 微笑んで、ぷかぷかガスの俺に 手で触れた。 今の俺に触れるんだ。 触られると、すごく気持ちがいい。 マーマに ぎゅうってしてもらってるみたいに。 冬の夜、凍え死なないために ぎゅうってして、あったかくなって、幸せな気持ちになって――あの時の感じに 似てる――おんなじだ。 ううん。もっといい気持ちかも。 天使は、マーマみたいに子守歌は歌ってくれなかったけど。 「気を付けて。悪魔っていうのは、大抵 綺麗で親切な振りをして人間に近付いて、油断させて、邪悪な契約を結ばせようとするものだから。神様や仏様は逆でしょう? 神や仏は、みすぼらしい姿で人間に近付いて、その人の本性を探ろうとする」 「どっちも嘘つきだ」 「そうだね。どうして 最初からありのままの姿で人に対峙しないんだろう」 「人間を信じてないからだろ。悪魔も神もおんなじだ」 「かもしれない。悲しいことだね」 そう呟く天使の目は、すごく悲しそうで――俺はちょっと不安になった。 もし この天使が神に仕える天使なら、神様の悪口を言ったことが ばれたら、神様に叱られるんじゃないかって、俺は心配になったんだ。 「おまえ、天使のくせに そんなこと言って大丈夫なのか? 神様に お仕置きされたりしない?」 俺の心配がおかしかったのかな? 天使は あんまり天使っぽくなく、初めて楽しそうに笑った。 「僕はこの通りの僕だよ。僕は人間だから、悪魔みたいに自在に姿を変えることはできない。もちろん、天使でもない」 「人間? 天使じゃないのか? こんなに綺麗な目をしてるのに?」 綺麗な天使 改め 綺麗な人間は 首を縦に振ったあとに 横に振って、それから また、天使みたいに優しく微笑った。 こんなに綺麗な目が 天使の目じゃないなんて、それが逆にすごいよ。 俺は そんなふうに、ちょっと変ちくりんな感じに 感心した。 そんな俺を、綺麗な天使 改め 綺麗な人間が手招きしてさ。 俺は それまで、綺麗な天使 改め 綺麗な人間の顔の前くらいに ぷかぷか浮かんでたんだけど、呼ばれて、引きつけられ、俺は 綺麗な天使 改め 綺麗な人間の手の上に乗った。 (わりい。“綺麗な天使 改め 綺麗な人間”は長すぎて面倒臭いから、これまで通り、“天使”でいくことにする) |