a lifetime






私たちは、ユーラシア大陸の東の果てにある島国 日本の静岡の浜松っていうところで生まれた。
でも、私たちの ひいお祖父ちゃん ひいお祖母ちゃんは オランダ出身。
つまり、私たちは 移民の子孫なの。
もともとの先祖は、アフリカにいたらしい。

ルーツはアフリカ。それがヨーロッパに渡り、はるばる極東の日本にまでやってきたのよ。
何代も何代もかけて。
その間に、私たちは、姿も性質も かなり変わったみたい。
それは そうよね。
国や地域によって、気候や生活習慣は違うものだし、その地に生きている人間の価値観や好みも違う。
その土地に馴染もうとするうちに、私たちのご先祖様の姿や性質は少しずつ少しずつ変わっていって、その結果として、今の私たちがある。
同じ日本っていう国の中で、浜松から東京に移動しただけでも、私たちの見た目は少し変わったもの。
華やかにキュートに。それから、少し小さくなったかな。
それが、東京に住む人間の好みなんでしょう、きっと。

私たちが ナターシャちゃんのおうちに行くことになったのは、ナターシャちゃんが私たちを とっても気に入ってくれたから。
ナターシャちゃんは、私たちを見るなり、瞳を輝かせて言ってくれた。
「すごく可愛い! 綺麗、綺麗。ナターシャ、この可愛いのが お気に入りダヨ!」

私たちは、『綺麗』とか『可愛い』とか言われるのが大好きで、そのために生きているようなもの。
だから、ナターシャちゃんに そう言ってもらえた時、私たちは、ナターシャちゃんの側に行きたいって、心から思い、願い、祈った。
祈りが通じたのか、私たちは めでたくナターシャちゃんのおうちに引き取られることになったの。
浜松から一緒に 東京にやってきた仲間たちは、ナターシャちゃんに選ばれた私たちを 羨ましそうに見詰めてた。

そりゃそうよね。
私たち みんなが、ナターシャちゃんみたいに、『綺麗』『可愛い』を繰り返してくれる人に選んでもらえるとは限らないから。
一度も その言葉を言ってもらえないまま、一生を終える仲間も多い。
むしろ、ナターシャちゃんみたいに、『綺麗』『可愛い』を ふんだんに言ってくれる人の方が少ない。

ナターシャちゃんは、私たちを抱きしめて、にこにこ笑顔で、
「うふふ。可愛い。ナターシャ、嬉しい」
って、私たちを褒めてくれて、私たちを手に入れたことを喜んでくれて、おかげで私たちは 一層 綺麗になったと思う。
そうして、私たちは、
「さよなら、みんな。元気でね。幸せになってね」
仲間たちに『さよなら』を告げて、ナターシャちゃんと ナターシャちゃんのご両親と一緒に、ナターシャちゃんのおうちに連れていってもらったの。


ナターシャちゃんのおうちは、一戸建てじゃなく、集合住宅の一画だった。
お庭はなかったけど、東側と南側にベランダがあって、お陽様には不自由しなさそうなおうち。
リビングルームは、私たちが そこに入っていった時、温度、湿度、光、風、すべてが快適だった。
私たちのためというより、ナターシャちゃんのために調整されてるみたい。
私たちは寒いのや 暗いのが苦手だから、そういう意味でも、私たちは幸運だった。
私たちの命を軽視している人間の中には、私たちを寒風吹きすさぶ中に放っておいて、あっというまに死なせたり、陽の当たらないところに放り出して、それきり忘れてしまったり――つらい目に遭った不幸な仲間たちの話を、私たちは、東京に来る前に たくさん聞いてきたから。

生まれたばかりの時分から、私たちが そういう話を たくさん聞かされるのは。
人生に高望みをしないため。
自分だけが不幸だと思わないため。
つらい目に会った仲間が大勢いるって事実を知ることで、つらさに耐える力を養うため。
そして、大きな幸せは もちろん、小さな幸運にも 心から感謝できるようになるため。
先達が私たちに、大勢の仲間たちが辿った様々な運命を教えてくれたのは、彼等の思い遣りなんだと思う。
そういう話をたくさん聞かされていたから、私たちは、私たちが ものすごい幸運に恵まれてることがわかったの。






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