「氷河に似てなくていいんなら、乳児院とかに行けば、特別養子縁組候補は それなりにいるんだけどな」
というのが、星矢の意見。
「世の中には、卵子バンクというものもある。精子バンクより かなり高価らしいが」
というのが、紫龍の極めて消極的な提案。
「高いお金を出して 卵子を買わなくても、知り合いの中から、卵子提供者を見付けて 体外受精――っていう方法もあるわ」
というのが、蘭子の考え。
そして、
「新しい洋服か人形でも買ってやれば、弟のことなど 忘れてくれるだろう」
というのが、極めて粗雑 かつ超無責任な、だが最も現実的な、氷河の対処計画だった。

場所は、東京都墨田区押上にあるバー、ヴィディアムー。開店前。
それが、蘭子の報告を聞いた星矢、紫龍、氷河の第一声 及び 蘭子の考えだった。
それぞれ微妙な(?)違いはあるが、何はともあれ共通していることは。
星矢、紫龍、蘭子、氷河の誰一人として、氷河が瞬以外の女性と性行為に及んで 子供を儲ける――というパターンだけは考えていなかったということ。
誰も考えていなかった そのパターンを、瞬だけが考えていた――ということらしい。

「まあ、それが正攻法というか、最も一般的な方法なのかもしれんが、俺は それだけは考えていなかった」
自分を、仲間内では最も良識的な人間だと信じていた紫龍が、溜め息混じりに 自分の思い上がりと非常識と迂闊を反省する。
仲間内で最も良識的かつ常識的なのは、やはり 瞬――男子でありながら、ナターシャのマーマをしている瞬だったことを、事ここに至って、彼は認めないわけにはいかなくなったのだった。

「とりあえず、解決しなければならない問題は、弟が欲しいっていうナターシャちゃんの願いね。その願いを諦めさせること。そして、氷河ちゃんは、瞬ちゃんに、よその女と子作りするつもりはないって、はっきり伝えること」
町内会の議長を務めている蘭子が、この場も仕切る。仕切りまくる。
「他の女と子作りできるって、瞬ちゃんに思われること自体が、氷河ちゃんの未熟っていうか、情けないところよ。氷河ちゃんは そんなことはしないって、瞬ちゃんに信じてもらえていたら、そもそも瞬ちゃんは しょんぼりしたりしなかったわけなんだから」

このミーティングの議長にして、ヴィディアムーの店主、氷河の雇用主でもある蘭子に責められた氷河は、申し開きもできなかった。
氷河自身は そんなことを全く考えていなかった――という事実は、ただの事実でしかなく、何の弁解にもならないのだ。

「ナターシャちゃんの方は、アタシが何とかするわ。氷河ちゃんは、瞬ちゃんとの信頼構築に努めなさい」
“信頼回復”ではなく“信頼構築”という言葉の選択が 厳しい。
『子は かすがい』と俗に言う。
“かすがい”たるナターシャのおかげで、ナターシャがいる限り、決して瞬を失うことはないだろうと思う油断が、この事態を招いてしまったのだ。
意識せずに抱いていた その確信を、氷河は今 自覚した。
自覚して――氷河は 氷河で 氷河なりに、自身の甘さと不手際を悔やみ、反省もしたのである。
悔やみ 反省して、その反省後に考えた信頼構築策が、『互いにどれほど忙しくても、愛の交歓の回数を減らすのはやめよう』であるところが、氷河の氷河たる ゆえんなのかもしれなかった。






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