(新手か… !? )
 氷河は舌打ちをした。
 が、新手の見張りが駆けつけてきたにしては、どうも様子がおかしい。氷河は入口脇の壁際に身を潜ませた。
 この区画から人がほとんど出払っているのは確かである。サンダル履きで駆けてくる何者かの足音がはっきり聞き取れるほど、辺りは静まりかえっている。エンキ神とやらの祭儀が始まって、皆、そちらの方に行ってしまっているのかもしれなかった。
 軽い足音が、氷河の潜んでいるドアの前で止まる。氷河は、見張りの男から奪い取った剣を振りかぶった。
 ドア代わりの布が揺れ、人の頭がのぞく。
 氷河が振り降ろした剣を寸前で止めることができたのは、相手がまだ小さな子供で、彼の頭の位置が氷河が見積もっていた位置よりも低いところにあったからだった。
 氷河が新手の兵士と思ったのは、あの小生意気なガキ、ジウスドラだった。
「ひ…氷河さん…!?」
 自分の頭のすぐ上にある剣の刃に驚いて、ジウスドラが声をあげる。
 半ばその首を締めあげるようにして、氷河はジウスドラを室内に引っ張り込んだ。
「何しに来た !? 」
 もし彼が自分の父に多少なりとも親愛の情を抱いているのなら、ムスタバルは彼と氷河の共通の敵である。が、彼が怠惰な父を尊敬できず、叔父の側に付いていることもありえないわけではない。
 その腕でジウスドラの首を締めあげ、氷河は凄味を効かせて問いただした。
 苦しそうに顔を歪め、掠れた声でジウスドラが答える。
「ち…父が殺されました」
「なに?」
 氷河がジウスドラの返答に驚いて腕を放すと、彼は喉を押さえて二、三度咳き込んだ。
「ムスタバルか? 奴が兄を手にかけたのか!?」
「直接手を下したのは諸都市の王たちですが、それも叔父が仕向けたのでしょう」
 呼吸が楽になると、ジウスドラは父に似ず明瞭な発音で氷河に告げた。こうなることを察して――少なくとも懸念して――いたのだろう。ジウスドラの声に、狼狽の色はあまり感じられなかった。
 だからだったのかもしれない。父を亡くした子供への同情は、氷河の胸にあまり湧いてはこなかった。むしろ氷河は、彼の父親が殺されるに至った経緯の方が気になった。
「なんでそんなことになったんだ」
「瞬さんが蛇だと、ムスタバルが諸都市の王たちに知らせたんです」
「馬鹿共はそれを信じたのか!?」
「…信じざるを得なかったでしょう。瞬さん自身が、蛇である動かぬ証拠なのですから」
「……」
 もし"蛇"というものが氷河の考えている通りのものだとしたら、瞬は、氷河の目に触れることすら恐れているものを、赤の他人に――それも大勢の人目に――さらして見せたことになる。
(……それもこれもみんな、俺が大馬鹿野郎で、人質に取られていたからだ…)
「――おまえも見た…のか?」
 氷河の声が震えている。
 ジウスドラは彼に頷き返した。
「諸王を集めて、叔父はいったい何をする気なのかと不審に思って、後をつけたんです」
 氷河は唇を噛みしめた。
 いちばん腹が立つのは自分自身に対してだったが、だからといって自分を殴るなどという器用な真似もできない。
「瞬が……今どこにいるか、わかるか?」
 せめて、瞬の負担になったことを、氷河は瞬に謝りたかった。
「祭儀はもう終わってしまいましたから……多分、絵梨衣さんと一緒にどこかに閉じ込められているのだと思います。でも、僕、必ず瞬さんたちを奪い返して、皆さんを元の世界に帰してみせます」
 きっぱりと言い切る子供の目には、どこか悲痛な色が漂っていた。
「元の世界に帰す…って、おまえにそんなことができるのか? 俺たちを元の世界に戻すには、蛇の仕組みとかいうやつを動かさなきゃならなくて、それを動かせるのは王だけなんだろう? ムスタバルは王位を簒奪したんじゃないのか?」
「…僕の父は、自分が最後の王だと言っていました。叔父は真の王ではありません。叔父に蛇の仕組みを動かさせるわけにはいかない」
「最後の? おまえがいるじゃないか」
 氷河が尋ねると、ジウスドラは力無く左右に首を振った。







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